「APAアワード2024」金丸重嶺賞受賞の星野藍さん 普通の女性会社員が「旧ソ連」「旧共産圏」の廃墟を巡るクレイジーな旅の原点

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「国境警備隊」に拘束されて

 一方で優しい人に遭遇することも多かったという。これはアブハジアのバス停を撮影した際のエピソード。

「廃鉱山へ向かうバスに乗っていた時に、車中から見えたバス停が良くて、翌日、同じバスに乗ってそこまで行きました。ついでに周辺の街の写真を撮ろうとウロウロしていたら、私が首からカメラをぶら下げているのを見た人がわざわざ運転していた車を停めて出てきて、“カメラを隠しなさい。ひったくりがいるから”と教えてくれました。町で写真を撮っている時に遭遇した住民のおじさんは“カメラを持って歩いていたら、ひったくりに狙われる。危ないから早くバスに乗って首都に戻りなさい”とバス停まで送ってくれました。アブハジアでロシアからの旅行者がひったくりにあっているというネットニュースを見たので、実際にそうことは多いみたいですが、優しい人も多かったです」

 また、星野さんはロシアと中国と北朝鮮が国境を接している街で、国境警備隊員に捕まって拘束され、撮影した写真を消すよう強制されたこともあったという。今年9月、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記が専用列車から降り、ロシアのアレクサンドル・コズロフ天然資源環境相らと会談した地だ。

「立ち入りが禁止されていると知らずに、ロシア人は入っていいけれど、外国人は入れないエリアでうろちょろしていたら捕まって、スマホで撮影した写真を消せと指示されました。カメラは隠してあったので、そっちの写真は消さずにすんだんですけどね」

 ロシアのこの手の隊員は厳しいイメージがあるが、大丈夫だったのか?

「ダメだと知らなかった、と言ったら、イケメンの隊員が“そういう外国人たまにいるんだよね。しょうがないけど決まりで書類を作らなきゃいけないから、一緒に来て”と。連行されて施設に行ったら、みんな“おおー、来た来た”みたいな感じでゲラゲラ笑っていたんです」

 隊員たちは拍子抜けするほど緩いムードだったという。この時は3時間ほど拘束され、書類を書かされた。

「私がわからないロシア語は、高校で英語教師をやっている女性が呼ばれて、全部翻訳してくれました。で、その英語の先生が“ここにいる連中は英語全然分かんないから”って、英語で私に“こいつらマジで使えない”みたいなこと言ってて。笑っちゃいました。映画とかで描かれるロシア人って、暗かったりとか怖かったりしますが、フレンドリーな人、愉快な人も多いです」

 写真集にまとめられたレアな廃墟や建造物は、現地でのこういう障害を乗り越えながら撮られてきた。

ロシア語を独学で

 ところで、写真集に載っているような、時に美しくも見える廃墟を、星野さんはどう探しているのか? また、許可は取っているのか?

「例えばロシアの建造途中で放棄された船の写真は、インターネットで写真を見て、だいたいこの辺だろうなという場所を特定してそこまでいき、警備している人に頼み込んで案内してもらいました。現役の造船所の一角に造船所の廃墟があったんです。入り口には鍵がかかっていましたが、“好きにしていいよ”と言われ、探したら窓の一部が空いていたから、そこから入って写真を撮りました。ここは大型犬が5匹以上いたので、無断で入るのはやめた方がいいです。大型犬がいる廃墟って他にもあって、ロシアの戦車の墓場も大型犬が何匹も放し飼いにされていました。警備員から賄賂を要求されることもあります」

 なお、この造船所の廃墟を訪れた際、気温はなんと氷点下27℃だった。

「寒すぎて本当に死ぬかと思いました(笑)。野外の市場では、カチンコチンに凍った魚やカニが売られていました」

 ここまで読んで、「現地でどう交渉しているのか?ロシア語を話せるのか?」など言葉の問題が気になった方もいるかもしれない。実は星野さんは廃墟を訪れるために独学でロシア語を学んだ。

「アルメニアに行く時に、あそこは本当に英語が通じない、案内もアルメニア語とロシア語しかないと知って、勉強を始めました。自分の要求を伝えるために、やりたいことを遂行するために必要最低限の言葉は覚えないとダメだなと。キリル文字の読み書きはできますから、駅名や道の案内板は読めます。本当にわからない場合はスマホの翻訳機能の助けを借ります」

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