苦悩の在日ロシア人と、憤怒のウクライナ人 日本で繰り広げられる「もうひとつの戦争」に迫る
医師として激戦地へ
このオレクサンドル氏、実は冒頭のロシア人デモに声を上げたその人である。彼にはそれだけのことをする理由があった。
2018年から外科の研修医を務める彼は、「過酷な状況で苦しむ人の力になりたい」と考え、侵攻が始まった直後に激戦地へ赴いた。
これまで、器具や設備が整った病院の手術室でしかオペをしてこなかった彼にとって、いつ爆弾が落ちてくるかわからない状況下で治療に当たるのは容易ではなかった。これまでのオペとは異なり、原形をとどめていないほどの重傷を負った人や、手や足を失った兵士や市民をたくさん見た。手術をする場所も病院とは限らない。限られた設備や器具だけで治療にあたった。
体の一部を失った患者の手術をするうちに、「再建外科」の技術を身に付けて戦争で体の一部をなくした人を救いたいと強く感じた。そんなとき、日本の順天堂大学医学部で最先端の再生医学について学ぶことができ、同大がウクライナ人医師を無償で受け入れていることを知った。戦況が厳しい中、ウクライナを後にして日本へ留学するという判断を下すのは難しく、今行くべきか悩んだが、周囲から後押しを得てウクライナを出国した。
「怠慢なロシア人全員に責任が」
日本では寝る間も惜しみながら、勉強や研究に励んだ。毎日のようにウクライナから流れてくるニュースや友人の訃報を受けるたびに、どん底に突き落とされるような悲しみと自分の無力さを感じるという。また、激戦地で毎日耳にした空爆音などがトラウマとなり、今でも背後からの突然の声や音で叫び声を上げてしまうことが頻繁にあるという。
そんな彼からしてみれば、ロシア人によるデモは、自分はプーチンとは違うんだよ、とアピールするためだけに行っているようにしか見えないという。
「ロシア人が過去数十年にわたって何もしてこなかったから、政府の暴走を阻止できず、今回の戦争に突入した。怠慢なロシア人全員にその責任がある。そんな彼らが今さら平和を願うとアピールすることが許せない」
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