「10代の頃のように遊び、大人としての悩みを抱えて過ごした」ハワイでの日々 小説家・深沢仁が明かす

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逃避と現実の境目のような日々

 到着後に発覚したのだが、彼女の結婚生活はうまくいっていなかった。だから夫とは基本的に別行動で、私たちは高校生の頃に戻ったように二人、彼女の運転する車で、ハワイ島を巡った。透明な海で泳ぎ、火山を歩き、激しい通り雨に遭ったときは、半ば清々しい気持ちで空を見上げた。私がカフェで原稿を書く間、彼女は向かいで、本土に戻るための職探しに精を出した。絵を描いた。ワンシーズン分のドラマを観た。私の平屋に泊まりにきた彼女とおなじベッドで眠った。泣いた彼女を抱きしめた。ハロウィンの晩にはキャンドルをともして「願い事のかなうおまじない」を試した。私は「次の本が出せますように」と書いた。彼女がなにを祈ったかは、知らない。

 いま、彼女は再婚して2人の子どもに恵まれ、幸せいっぱいの生活を送っている。私はまだ文章を書いている。

 ハワイでのドライブ中、彼女の車でずっと流れていたFirst Aid Kitのアルバム“Stay Gold”を聴くたびに私は、あの時間は間違いなく必要だったのだ、と思う。10代の頃に戻ったように遊びながら、大人としての悩みを抱えて過ごした、逃避と現実の境目のような日々。最初の曲“My Silver Lining”のイントロとともに、どこまでも続く道を走り抜ける自分たちを思い出しては、なんて馬鹿馬鹿しくて愛おしい休暇だったんだろうと、私はいまでもうれしくなる。

深沢 仁(ふかざわ・じん)
2011年『R.I.P.天使は鏡と弾丸を抱く』で第2回「『このライトノベルがすごい!』大賞」優秀賞を受賞。近著に『眠れない夜にみる夢は』など。

デイリー新潮編集部

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