オリックスに4連覇の使者がやってきた!広島からFA移籍「西川龍馬」が貫いた“オリックス愛”
46年ぶりの偉業達成のカギを握る男
オリックスの前身・阪急がリーグ4連覇を果たしたのは、1975年(昭和50年)から1978年(昭和53年)のことだった。
その間の総理大臣は三木武夫と福田赳夫。昭和50年には山陽新幹線の岡山―博多間が開業し、ロッキード事件で田中角栄元首相が逮捕されたのは昭和51年で、王貞治が世界記録となる756号本塁打を放ったのが昭和52年、成田国際空港の開港は昭和53年だ。
【写真を見る】オリックスのエースから「日本のエース」になった山本由伸投手、東京五輪での力投シーン
そうして主だった出来事を列挙しただけでも、時代の流れをいやが上にも痛感させられる。
4連覇という阪急黄金期に話を戻せば、当時の監督は知将・上田利治。エース・山田久志は1976年から3年連続でパ・リーグMVPとなり、1975年の新人王・山口高志はルーキーイヤーからの4年間だけで47勝35セーブという驚異的な成績を挙げた。福本豊は13年連続盗塁王の6年目から9年目にあたり、加藤秀司は1975年にMVP、76年には2年連続で打点王。そうそうたる先人たちが築き上げたその栄光の記録に、2024年のオリックスが46年ぶりに挑むことになる。
その偉業達成へのキーマンになる男がやって来た。
広島からFA宣言、地元・大阪でのプレーを望み、故郷へと戻って来た外野手・西川龍馬だ。2023年のセ・リーグベストナインを獲得した8年目の29歳を、オリックスは4年総額12億円(推定)の大型契約で迎え入れた。
最大の課題だった「外野手」
「来シーズンへ向けて、得点力のアップと外野の固定。これに合致したのが、西川選手です。どんな役割でもできる。色々な選択肢ができて、監督も色々なことができると思います」
12月1日に行われた入団会見。広島への敬意と感謝を込めた赤いネクタイを締めた西川の横で、そう力説した福良淳一GMの表情が、どうしてもほころんでしまう。戦力補強の責任者としては、会心の仕事をやってのけたという安堵感と満足感だろう。3連覇を果たした2023年のオリックスにおいて、最大の弱点、つまり来季へ向けて克服すべき課題は「外野手」だったからだ。
実は2023年、オリックスの外野で100試合以上を守ったのは、中川圭太のみ。その中川も内野手登録で、試合終盤に小田裕也や佐野晧大が守備固めに入ると、中川が一塁へスライドするケースも多々。
杉本裕太郎の調子が上がらなかったこともあるが、外野の顔ぶれを固定し切れず、阪神との日本シリーズでも、ライトで捕手登録の森友哉が4試合、内野手登録の廣岡大志がレフト3試合、センターで1試合、それぞれスタメン出場。日本一をかけた大舞台でそれこそ“本職外”のポジションを守っていたことになる。
だからこそ、2023年に外野手でセ・リーグのベストナインに選出された西川は、たちどころにオリックスの泣き所を解消する存在であり、まさしく願ったりかなったりの補強なのだ。
[1/2ページ]