「誰もが人工衛星のように軌道に乗って生きている」 JAXA研究員の久保勇貴が上京して感じた東京の特殊性
誰もが誰かのせいだという顔で…
JAXA宇宙科学研究所研究員で、エッセイ集『ワンルームから宇宙をのぞく』を刊行した久保勇貴さん。福岡生まれの彼が学生時分に足を踏み入れた東京の街では、人々はまるで人工衛星のように軌道に乗って生きていて……。
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午後の山手線は、ひなびた低軌道のようだった。周回軌道に乗る僕らは、淡く照る人工衛星だった。大学の授業が無い平日だったと思う。車内は肩をぶつけ合うほどは混雑していなくて、だから、誰もが誰とも目を合わさないでいることができた。1人1台は通信機を持っていたのに、誰もがここにいない誰かとばかり通信していた。同じ方向に向かっているのに、みんながすれ違っていた。駅に着き、各々がまた別の軌道に乗り移っていく。人工衛星は、ロケットで一度加速されたら大気圏で燃え尽きるまで止まることができない。そのように、誰もが誰かのせいだという顔で、足を止めずに動き続けていた。
手か足か経済のいずれかを動かし続ける必要が
人工衛星が人間と決定的に違うのは、生物としての自然な循環を行えないという点だ。軌道へ打ち上げられた瞬間から真空環境や放射線にさらされて絶えず劣化の一途をたどり、一度故障した機器は決して自然には治らない。だから、宇宙環境の機能を維持するためには、人為的な労力でもってそれを循環させる必要がある。役割を終えた人工衛星はなるべく早く軌道から離脱し、無用なごみを出さずに大気圏で燃え尽きることを求められる。しかし、その廃棄を待たず新しい人工衛星は次々に打ち上げられ、世代に世代が上塗りされていく。緩やかに循環しながらも、宇宙ごみの数は増加し続けている。
リズムゲームのように正確なタイミングでSuicaをタッチして、人流の平均スピードに合わせて歩いて、正しい場所に並んで正しいレジで精算を済ませる。東京という都市もまた、自然に循環することができない。だからやはり、人間が人為的な労力でもってそれを循環させる必要がある。流れては去る流動的で能動的な分子として、手か足か経済のいずれかを動かし続ける必要がある。そういうことを、街が求めている。だから東京にはごみ箱も、無料で座っていい椅子も無い。役割を終えたら、無用なごみを出さずにさっさといなくなるのが、正しい行いだとされている。
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