「もの忘れはむしろ健全」「スマホに頼っても大丈夫」 脳寿命を延ばす「忘却システム」とは

ドクター新潮 ライフ

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防御反応としてゲームに没頭

 仕事柄、脳腫瘍が見つかった患者さんと多く接してきましたが、ご本人はもとより、伴侶などのご家族も相当落ち込みます。そういったご家族の中には、「こんな時なのに、ついついスマホでゲームばかりやってしまって……」と、どこか疚(やま)しそうに打ち明けてくる方が何人かいました。実際、身内が脳腫瘍だというのにスマホでゲームとは何と不謹慎なことか、と不快に感じる人もいるかもしれません。しかし、私はそうしたご家族に「いまはそれでいいと思いますよ」と言っています。

 先ほど説明したように、落ち込んでうつのようになっている時は、分散系が過剰に働いている状態です。そういった環境でゲームに没頭するという行動は集中系を活性化させ、分散系と集中系のバランスを取ることにつながります。身内が脳腫瘍になり、落ち込むことで分散系の脳領域が疲弊してしまう。それを避けるための自然な防御反応としてゲームに没頭するのではないか。私はそう考えています。この点でも、脳はバランスを保つためによくできているといえるでしょう。

最適な食事は?

 脳の健康寿命を延ばすには、もちろん食事も大切です。果たしてどんな栄養を取ればいいのでしょうか。

 まず、脳の細胞膜の主な成分は脂質ですから、例えばマグロやイワシといったオメガ3系不飽和脂肪酸を多く含んだ食材は効果的です。

 次に、「記憶はタンパク質でできている」ため、タンパク質のもととなり、人間の体内では合成できない必須アミノ酸を豊富に含んだ肉類や魚類、大豆や卵は大いに脳の健康に寄与します。

 さらに、ニューロンのエネルギー源はブドウ糖(糖質)ですから、糖質を多く含むご飯やパンといった穀類やイモ類の摂取は脳に良い影響を与えます。

 食事の話をまとめると、脂質、タンパク質、糖質(炭水化物)の摂取が重要であることが分かります。要は三大栄養素です。食事においても、奇を衒(てら)うのではなく、三大栄養素をしっかり取るというバランスのよい食生活が大切になるわけです。

 脳の使い方も食事もバランスを保つ。それは結局のところ、何事においても偏らずに「人間らしい生活」を送るということになるでしょう。すなわち「普通の生活」を過ごす。これこそが脳の健康寿命を延ばす最良の方策であるといえるのではないでしょうか。

 そして最後に――。ここまでこの記事を真面目にお読みいただいたみなさんには、ぜひ少しボーッとしてみていただければと思います。

岩立康男(いわだてやすお)
千葉大学脳神経外科学元教授。1957年生まれ。千葉大学医学部卒業。脳神経外科の臨床と研究を行い、今年3月まで同大脳神経外科学教授を務める。2017年、脳腫瘍細胞の治療抵抗性獲得に関する論文で、米国脳神経外科学会の腫瘍部門年間最高賞を受賞。『忘れる脳力 脳寿命をのばすにはどんどん忘れなさい』『脳の寿命を決めるグリア細胞』の著書がある。

週刊新潮 2023年11月30日号掲載

特別読物「『もの忘れ』はむしろ健全 『脳寿命』を延ばす『積極的忘却』システム」より

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