「中堅企業」を支援して日本の「産業」を作り直す――木原正裕(みずほフィナンシャルグループ執行役社長 グループCEO)【佐藤優の頂上対決】
日本の国力低下は年々深刻化している。イノベーションの欠如、DXの遅れ、低賃金に人材不足と、さまざまな要因があるが、最大の問題は新しい産業を生み出せていないことだ。「みずほ」はいま、そこに切り込もうとしている。システム障害を乗り越え、積極成長投資へと舵を切った木原社長の挑戦。
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佐藤 社長に就任され、1年半がたちました。グループ全体で5万人を抱える巨大企業のトップです。どんな日々を送られていますか。
木原 今年は、各地の拠点、支店を回り、朝礼、夕礼、座談会などを通じて、われわれ経営陣が目指す方向をダイレクトに社員に語りかけてきました。2021年のシステム障害以降、社員はやるせない気持ちを抱えており、必ずしも上を向いて仕事ができる状況ではありませんでしたから、そこをチアアップ(鼓舞)する必要もありました。
佐藤 どのくらい回られたのですか。
木原 4月に鹿児島から入って北上し、1週間かけて三重県の四日市まで9カ所行きました。その後、決算や株主総会などのある5月から7月は除いて、8月に10カ所、9月には7カ所行っています。
佐藤 木原さんは、第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の3行合併したうちの興銀の出身です。どんなキャリアを歩まれてきたのですか。
木原 最初は市場部門が多かったですね。国債を扱ったり、デリバティブ(金融派生商品)をやったり。その間、2年ほどアメリカのロースクールに留学しましたが、5年ほどはマーケットをやりました。
佐藤 ということは、仕事相手は法人ですね。
木原 はい。その後、この仕事が合っているか少し悩んだ時期もあったのですが、複数の金融機関が協調して融資をするシンジケートローンのマーケットを日本に作ろうとしていた人と出会うんですね。それに興味を覚えて、2002年から2011年まではシンジケートローンのビジネスに没頭しました。
佐藤 それまで日本になかったのですか。
木原 ええ、海外では当たり前でしたが、当時、まだ日本にはありませんでした。それをグループとしても推進することになったので、10年近くやりました。その後、2011年から2014年まではアメリカでリスク管理の仕事を行い、帰国してからはもう流れに任せてここまで来たという感じです。
佐藤 やはりトップになると、見える景色がかなり違うのではないですか。
木原 ええ。私は常務から社長に就任しましたが、景色の見え方は全然違います。一つの部門の長なら、その部門の問題を一所懸命に考えていればいいのですが、グループをまとめる立場になると、全体最適を考えていかなければならない。
佐藤 部門の責任者は、自分の部門をもうやめた方がいい、なんてことは言えませんからね。
木原 それからステークホルダー(利害関係者)が変わりました。部門長なら、お客様や社員の方を向いて仕事をしていればよかったのですが、いまはそれらに株主や投資家が加わりますし、さらにはこの社会に対する責任にも向き合うことになります。
佐藤 そこには卓越したリーダーシップが求められる。
木原 われわれはカンパニー制を導入しており各部門のトップが20人ほどいます。細かい戦略や数字の目標などは、基本的に彼らに任せています。一方、持株会社としての大きな戦略は、その20人ほどと相談しながら作っています。
佐藤 密に連絡を取られている。
木原 毎週1回1時間、顔を合わせて情報共有し、議論することにしています。いまの時代の経営は難しく、しかも専門化していて何もかも自分で把握できるわけではありませんから、20の視点を持つことが非常に大事です。彼らがすべきことは基本的にそれぞれの担当領域の戦略の検討とその実行ですが、全体最適についても常に考えるように、と部門長には言っています。
佐藤 確かに金融機関の役割の変化や昨今の国際情勢を考えると、非常に舵取りが難しい時代です。ただ、巨大金融グループの全体最適は日本の国力に直結します。
木原 「失われた30年」という言い方がありますね。私はおそらくこれから10年くらいが日本復活のラストチャンスじゃないかと思っています。そこでわれわれ金融としても、日本の国力回復に貢献していきたいんですね。いま、それを実現する筋道がどこにあるかを考え、経営資源の投入先を見直しているところです。
佐藤 メガバンクが地方銀行や信用金庫と同じことをやっていてはいけないわけで、先般、話題になった住宅ローン事業の縮小は、その表明だと思いました。
木原 住宅ローンをすっかりやめてしまうわけではありません。個人のお客様が幸せな人生を送れるようにお力添えするのもとても大切なことで、そのお客様に対してわれわれがさまざまな価値を提供できるならば、住宅ローンはその一つとしてやっていきます。ただ、われわれの金利が0.5%で他は0.45%だった、だから0.4%にする、といった金利競争はもうやりません。それはわれわれの目指すところではないんですね。
佐藤 それでは、どこに注力していくことになりますか。
木原 先ほど申し上げた通り、われわれはやはり国力ということを考えていきたい。それにはまず、中堅企業の育成だと思います。日本の株式市場を見ると、時価総額が500億円以下の会社がたくさんあります。その中には海外に打って出ることのできる企業がいくつもある。そうした会社の成長支援をしていきたい。そこには、リスクマネー(よりリスクの高い投融資)も提供していこうと考えています。
佐藤 自らリスクを取るのですね。
木原 はい。単に貸し出しするだけではない。同時にわれわれのネットワークを使って、海外進出できるようお手伝いするとか、取引先をご紹介するなど、さまざまなご提案をしていきたいと思います。
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