現地女性の形相を見て鳥肌が…ロシアから解放したはずの町に残る数々の難題【ウクライナ最前線リポート】

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不発弾でも民間人に被害を与えるクラスター弾

 食事をとろうと、前線から20kmほど離れたある町のバザール(市場)に立ち寄ると、店の壁に点々と穴があいているのに気づいた。クラスター弾を使った空襲の跡だという。クラスター弾は、親爆弾から数多くの子爆弾が空中で放出され、広い範囲にばらまかれる兵器だ。

 昨年4月8日の朝、ここドネツク州のクラマトルスク駅が、クラスター弾を搭載したロシアのミサイルで攻撃され、少なくとも58人の民間人が死亡、100人以上が負傷した。このとき使用されたクラスター弾は、50個の子爆弾をばらまき、さらにその子爆弾が約316個に砕けるタイプだった。これは、大きさが均一の金属破片が1万5000個以上も広範囲に飛び散ったことを意味する。私が見た壁の穴もそうした金属破片によるものだろう。

 クラスター弾は、その不発弾がながく民間人に被害を与えつづける。インドシナ半島には米軍がまいた半世紀前のクラスター弾の「汚染地」がいまなお残る。国際NGO「クラスター兵器連合(CMC)」によると、残存したクラスター弾による2021年の死傷者は、世界で149人、その3分の2が18歳未満の子どもだったという。ウクライナでロシア軍が使用するクラスター弾の不発率は約30~40%にも上るとされる。

 2010年8月には、クラスター弾の使用や保存、製造を全面的に禁止する「クラスター弾に関する条約」が発効した。日本を含む110か国以上が批准しているが、米露とウクライナは締約国ではない。

 ウクライナ軍はロシア軍のクラスター弾攻撃によって多くの兵員を失っており、対抗上、こちらも同様の兵器を配備すべきとの強い要請がある。これに応じて、アメリカは不発率を2.35%以下に抑えたとされるクラスター弾をウクライナに供与しはじめた。いずれの軍が使用するにしても、大量の不発弾が残るのはウクライナの大地である。

「町にはまだロシアに通じている者がいる」

 オスキルダムに近いハルキウ州イジュームは、交通結節点として戦略的な要衝であり、ロシアの侵攻直後から激しい争奪戦が展開された。昨年の9月10日にウクライナ軍が市街地を奪還すると、その数日後、多くの遺体が埋葬された集団墓地が見つかった。

 林の中から発見された遺体は449柱。うち17柱はウクライナ軍の兵士で、まとめて一つの穴に入れられていた。その他は6歳の子どもをはじめすべて民間人で、一柱ごとに簡単な木の十字架とともに埋葬されていたという。後ろ手に縛られていたり、拷問された傷などがあったりする遺体も多く、ハルキウ州知事のオレグ・シネグボウ氏は「99%の遺体に暴力が加えられた痕跡がある」と語った。こうした非人道的行為の証拠は、ウクライナの人々の抗戦意思をいっそう強めている。

 ロシア軍に占拠されていた当時の話を聞きたいと住民に話しかけるが、ほとんどの人に取材を拒否される。一人の高齢の女性が顔を写さない条件で取材に応じてくれた。まわりをうかがいながら、声を潜めて「町にはまだロシアに通じている者がいる。だから自由に話せない」とささやいた。

 その真剣な形相を見て、取材している私も鳥肌が立ってきた。町の主だった親ロシア派の活動家はロシア軍の撤退とともに去ったが、今いる住民の中にも「内通者」がいると彼女は信じている。

 この地域では、強い敵愾心や深い猜疑心によってコミュニティが分断され、人の和が築かれにくくなっている。戦争で破壊されるのは物理的なものだけではない。心に負った目に見えない傷もまた、今後の復興における大きな課題となるだろう。

高世 仁(たかせ・ひとし)
ジャーナリスト。著書に『拉致-北朝鮮の国家犯罪』(講談社)、『チェルノブイリの今:フクシマへの教訓』(旬報社)などがある。2022年11月下旬にはアフガニスタンを取材した。

デイリー新潮編集部

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