ベンチャーを大企業に育て上げるには何が必要か――千本倖生(京都大学特命教授)【佐藤優の頂上対決】

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グレーヘアの役割

佐藤 レノバにおける千本さんの立場もそうだと思いますが、「グレーヘア」の役割を果たすということを、最近よくおっしゃっていますね。

千本 白髪の指南者といった意味合いですが、アメリカには、経験のある年配者が若手ベンチャーを応援する文化があるんですね。やはり一人の天才だけでは、事業を成功に導くのは難しい。

佐藤 イノベーションと経営の才能は別のものだということですね。

千本 シリコンバレーでベンチャー企業数社の社外取締役を務めていた時、その一つにネットアップというIT企業がありました。シリコンバレーの大学教授と学生2人で作った会社です。

佐藤 シリコンバレーらしいベンチャーですね。

千本 その取締役会の議長に、当時世界最大のベンチャーキャピタルだったセコイア・キャピタルの大ボス、ドン・バレンタインが就いたんです。ある時、取締役会に出たら、雰囲気がおかしい。そのバレンタインがCEOをにらんで「あなたはいまから5分以内に自分の足であのドアから出ていくか、さもなければ私が追い出す」と言ったんですよ。つまりはクビです。

佐藤 まるで映画の一シーンですね。彼はどうしましたか。

千本 黙って出ていきました。そしてCEOにヒューレット・パッカードのマーケティング本部長をしていたプロを就任させた。そうしたら、業績が見事にグンと伸びたんですよ。

佐藤 実にアメリカ的です。

千本 経営というのは、こんなに厳しいものなのだと思いましたね。創業者であってもCEOとして不適格だったら、即座に解任される。

佐藤 解任されても業績が伸びたわけですから、株を持つ創業者としては経済的にはむしろよかった。

千本 結果的にすごく儲かったはずです。ただわが子のような会社は取り上げられてしまった。

佐藤 ベンチャーが成長してグローバルに活動していくようになると、そうした企業と戦っていかなければならない。そこで千本さんのご経験が役に立つ。

千本 成功した会社には、だいたい優れたパートナーがいます。ホンダは本田宗一郎氏が開発して藤沢武夫氏が経営を行ったし、ソニーでは井深大氏が開発担当、盛田昭夫氏が営業担当でした。私にしても、DDIは稲盛さん、イー・アクセスではエリックがいました。

佐藤 それは宗教も同じですね。大本教なら、神がかりの出口ナオに、教団の組織者として出口王仁三郎がいた。創価学会も教育者で着想豊かな牧口常三郎に、組織者たる戸田城聖がいました。もっと言えばキリスト教もそうです。

千本 その通りで、パウロがオルガナイザーとしてキリスト教の神学を作り上げたから、キリスト教が世界的な宗教になった。

佐藤 いまグレーヘアたる千本さんの主戦場はどこですか。

千本 大学ですね。この2年、東京大学のベンチャープラザに入っている若手の経営者たちを応援しております。

佐藤 どう関わっているのですか。

千本 エンジェル投資をして、経営指導も行っています。彼らは0から1は創れるのですが、1を100にはできないんですね。その部分でアドバイスする。

佐藤 出資もされているのですか。

千本 1社50万から、多くても1千万円程度ですよ。やはり一緒にリスクを取ってくれることを彼らは評価する。ただ、7割は失敗しますね。それはそれで構わない。社会に対する投資でもありますから。最近は、母校の京都大学でも「グリーン・アントレプレナーシップ」という講座を作ってもらい、そこでも特命教授として教えています。

佐藤 その他にも千本財団を作って、アジアからの留学生も支援されています。

千本 起業がうまくいって結果的に思いもよらなかった大金が手に入ったわけですから、それは社会に還元しなければならない。私の原点は、フルブライト留学生として支援を受け、アメリカで学んだことです。せめてものお返しをアジアの貧しい若者たちにしなきゃ生きている意味はない、という気持ちも強いのですよ。

千本倖生(せんもとさちお) 京都大学特命教授
1942年奈良県生まれ。京都大学工学部卒。米フロリダ大学で修士、博士号取得。66年日本電信電話公社(現・NTT)入社。84年京セラに移籍し、稲盛和夫氏と第二電電(現・KDDI)を共同創業。96年退職し慶應義塾大学経営大学院教授に。99年イー・アクセス、2005年イー・モバイル創業。15年レノバ会長。本年より京都大学特命教授。

週刊新潮 2023年11月23日号掲載

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