「義理を欠く人間には立派な作品はつくれない」 横尾忠則が三島由紀夫からかけられた「教育者の言葉」

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♪義理と人情を秤(はかり)にかけりゃ 義理が重たい男の世界♪ と唄うのは高倉健さんです。言うまでもなくヤクザ映画「昭和残侠伝」の主題歌「唐獅子牡丹」で、三島由紀夫さんが市ヶ谷の自衛隊に楯の会のメンバーと「殴り込み」を果すために行く、タクシーの中で歌った曲です。

 以前にも少し触れましたが、三島由紀夫さんから耳にタコができるほどやかましく言われたのは、礼節でした。礼節をエチケット、マナーぐらいに軽く考えていたのですが、礼節はどうもそんな軽いものではなく、人として、超えてはならない言動の壁のようなもので、人としての付き合いの上でわきまえなければならないことだと。それがわからなかった僕はある時、三島家に呼ばれて、「君は礼節がなさ過ぎる。何故俺の顔をゴリラに描くんだ」。ちょっと笑ってしまいそうな三島さんの言葉ですが、実はこの礼節というのは実に深いもので、人間の根本原理につながる霊性と大いに関係のあるものだということを、三島さんからコンコンと説教をされたこともありました。

 また、三島さんは当時、僕のようなチンピラ若者に対しても、実に礼節と義理を果されたのです。三島さんは自身の利害にかかわらず、仮に年少者に対してでも、縁のあった者には何らかの形で義理を果されました。まだ若かった僕はなかなか、そうした三島さんの社会的というか、道義的な姿勢に気づかず、ただ親切な方だぐらいにしか考えていなかったように思います。

 冒頭の「唐獅子牡丹」を歌った高倉健さんも、まるでヤクザ映画のスクリーンから出て来たような人物で実に義理堅い方でした。こちらが勝手に健さんのファンとして近づいたにもかかわらず、そんな僕に対しても親切に振るまい、事あるごとに義理という掟を守っておられました。一方で三島さんは、どちらかと言うと僕に対しては教育者のような存在で、「君のような礼節も守らず、平気で義理を欠く人間は、そんな態度では立派な作品を物にすることはできない」、つまりこうした人間性の備えなくして芸術は成立しない、とよく僕に話しました。そんな三島さんを前にして僕はいつも肩身の狭い思いを強いられていたように思います。つまり義理を欠いており社会的責任を果していないとみなされていたのだと思いますね。

 義理といえばヤクザ映画の古臭い因習ぐらいにしか考えていなかったけれど、高倉健さんとの交流の中でいつも感じていたのは、健さんは三島さんのように直接的な指導はなく、むしろ態度で示される方だということです。だから今になって思えば健さんのこうした義理を僕はかなり、甘んじて受け入れていたように思います。しかし、三島さんは、教育者の如く、常に芸術と結びつけて、物事の正しい道筋や、人が人として守るべき道理について、僕を導いてくれているようでした。社会生活上、道義上、人との付き合いの上で、必要不可欠な行為として、あらゆる機会を通して指導されたような気がするのです。

 こうして義理や礼節を正しい道理としてとらえることで、三島さんが人間にとって最も不可欠であると説く霊性を覚醒すべき態度を、芸術行為と切り離すことのないように叩き込まれたように思います。

 でも考えてみれば人として当り前のことなのかも知れません。僕の両親は人との交流の中で、常にこのようなことを、人を区別することなく実践していたようでした。ところが社会に出てからの僕は、自己中心的な環境の中にほうり込まれることになって、つい自分を見失っていたのかも知れない、そんな時に三島さんや健さんに出合ったように思うのです。こういう礼節や義理は西洋の近代主義的潮流の中では死語と化してしまっていたように思います。ある先輩は「風邪引くな、ころぶな、義理欠け」と面白おかしく義理を否定していましたが、ここにはモダニズムの思想があったように思います。

 三島さんも健さんも亡くなった今、二人の言葉と態度がひしひしと身にしみるのは、僕自身に残こされた時間の秒読みと無関係ではないように思います。現在、尊敬できる非常に数少ない何人かの人達と、最後の交流をしていますが、この方達は、礼節のみならず義理をわきまえた方達ばかりです。芸術の秘密は深淵な芸術論にはありません。かつて、仕事などで世話になり、縁のあった人達との交流によって義理の連鎖が起きて、思いもよらない場所に運ばれているような気がしますが、日常の煩悩(ぼんのう)にとらわれていると、このようなことがつい視界から遠ざかってしまいます。また、自己本意でいると、他人への義理を、特に旧知の人に対してはつい忘れがちになってしまいますが、そんな感情を廃除して、「私は一人で生きている」なんて言えないのではないでしょうか。

 なんだか古くさい概念を持ち出してしまいましたが、老齢を迎えて初めて気づく大事なことがあるような気がします。このエッセイの読者は僕と同年輩の方が大半で、思い当ることがあると思いますが、人の運の良し悪しは意外とこういうところにあるんじゃないでしょうか。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2023年11月23日号掲載

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