「認知症発症リスクが30%も低下」 たった20分で済む“意外な方法”とは?

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 誰もが発症しうるにもかかわらず、治療法が確立されていない「認知症」。2025年には高齢者の5人に1人が発症すると予測されている。

 もはや避けられない「国民病」として、昨今では「認知症と共に生きる」ということにフォーカスする流れも強まっている。

 しかし、最近の調査・研究では加齢とともに増える「ある症状」に積極的に対処することで、認知症の発症率そのものが大幅に低くなるというのだ。

 最新論文で判明した、意外な結果について、その道の権威である大鹿哲郎筑波大学教授に解説してもらおう。(以下、週刊新潮編『名医・専門医に聞く すごい健康法』から一部を抜粋・再構成しました)

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80代でほぼ全員が罹患

(白内障手術と認知症発症リスクに関する)今回の調査結果は、「目の老化」とでも言うべき白内障の治療において画期的な意味を持つものだと思います。

 白内障の治療、すなわち手術を受けることによって、「認知機能の改善」あるいは「認知機能低下の歯止め」にとどまらず、「認知症発症リスク」が下げられることが明らかになったからです。発症すると完治することはなく、治療法そのものが確立されていない認知症。しかし今回の調査結果で、そもそも認知症になることを防ぐ「認知症予防」の効果が、白内障の手術にあることが分かったわけです。

 この「画期的な調査結果」について解説する前に、白内障について簡単におさらいしておきましょう。

 目でとらえた光を網膜に集め、その情報を視神経を通じて脳に送る。それを脳が認識する。こうして、私たちの「見る」という行為は成り立っています。

 まず「目の入り口」である角膜で光を屈折させて取り込み、次に水晶体が厚みを変化させることで焦点距離を調整して、網膜にひとつの像を浮かび上がらせる。つまりカメラで喩えると、角膜と水晶体はセットでレンズの役割を果たしていると言えます。

 本来、水晶体は透明なのですが、加齢に伴ってタンパク質が変性し、段々と濁っていく。透明だった水晶体が濁っていくと、外からの光を充分に取り込めなくなったり、光が散乱して網膜に上手く像を結ばなくなる。その結果、物がぼやけたり、霞んで見える。これが白内障です。

「白内障診療ガイドライン」によると、軽度のものを含めれば50代で2人に1人、60代で3人に2人、70代で5人に4人、そして80歳以上だとほぼ全員が白内障になります。

 このように、目の濁りはごく自然な老化現象であり、過度に心配する必要はない一方、「濁っていないレンズ」を取り戻すことができると、QOL(生活の質)が向上し、日常が豊かになることもまた事実です。そして、濁った水晶体のせいで霞んでしまう視界を改善する唯一の根本的な治療法はレンズを入れ替えること、すなわち手術なのです。そして、白内障を放っておかずに手術することのメリットのひとつを示したのが、冒頭で触れた「画期的な調査結果」です。

 この調査結果とは、2021年12月に米国ワシントン大学医学部のセシリア・リー准教授の研究チームが、国際学術誌『米国医師会雑誌:内科(JAMA Internal Medicine)』に発表したものですが、その前に白内障手術と認知機能・認知症の関係の研究歴を繙(ひもと)きたいと思います。

衝撃の「発症リスク30%低減」結果

 2021年12月に発表された米国の研究結果では、先行研究では触れられていなかった、白内障手術と「認知症発症リスクそのもの」の関係が明らかにされました。なおこの調査は、対象人数が多い上に、複数年にわたって追跡調査をしている点で、手法においても優れていたと言えます。

 具体的には、認知機能が正常で、白内障や緑内障を患っている65歳以上の4508人を対象に、白内障の症状があって手術を受けた人とそうでない人を比較し、人によっては10年など長期にわたって追跡調査。すると、前者のほうが認知症発症リスクが約30%低かったことが分かったのです。

 ではなぜ、白内障の手術を受けると、認知症発症リスクが下がるのか。その因果関係は、眼科の範疇を超えるところもあり、はっきりとしたことは申し上げられませんが、推測することは可能です。

 一般的に、難聴の方も認知症になりやすいと言われています。それと同様に、白内障になることで目を通じて脳に入る刺激が少なくなることが直接的な要因としては大きいのではないかと考えられます。なにより、人間は情報の約8割を目から得ているとも言われていますので、目が濁り、「情報入手」に支障をきたすことが脳に与える影響は決して小さくないと言えるでしょう。

保険適用可、20分で終了

 認知症まで至らなくとも、QOLの低下や引きこもりを誘発するリスクもある白内障ですが、この病気の治療法は、手術以外にありません。水晶体の濁りは9割以上が加齢に伴うものであり、どうやっても年齢を重ねることによる濁りを防ぐことはできず、レンズを替える以外にないのです。

 水晶体は加齢とともに徐々に濁っていきます。つまり、白内障はごく自然な老化現象であり、淡々と受け入れることもひとつの選択肢ではあるでしょう。しかし、手術をすることでさまざまなメリットが得られるのも事実です。

「眼球の手術」と聞くと恐ろしく感じられるかもしれませんが、点眼などの局部麻酔で身体への負担も少なく、20分程度で終了し、現在、日本では年間約160万件の白内障手術が行われています。少なくとも、眼球の手術だからと言って、過度に、そして無闇に恐れる必要はありません。

 しかもこの1~2年で、眼内レンズの種類が増え、とりわけ「多焦点レンズ」が改良されています。これは、眼鏡で言う「遠近両用」をイメージしてもらえればいいと思いますが、最近では「遠中近3焦点」や「連続焦点」のレンズも出てきています。

 加えて、多焦点レンズは混合診療が可能となりました。それまでは、多焦点レンズを選ぶと手術代、レンズ代ともに自己負担でしたが、2020年4月から、多焦点レンズを選んでも手術代には保険が適用され、単焦点レンズとの差額と、若干の追加検査費用を自己負担するだけでいいことになりました。この制度は選定療養といい、あまり知られていませんが、非常にお得だと思います。

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 大鹿教授は、白髪と同様に白内障になることも防げないが、白髪と異なるのはQOLの低下をもたらす危険性がある点だとしたうえで、認知症発症リスクも視野に入れながら、手術するか否かを自ら考え、「正しく恐れる」必要があると、同書で述べている。

『名医・専門医に聞く すごい健康法』から一部を抜粋・再構成。

大鹿哲郎(おおしかてつろう)
日本眼科学会理事長、筑波大学教授。1985年、東京大学医学部卒業。東京厚生年金病院眼科、東京大学助教授等を経て筑波大学教授に。白内障手術の名医として知られ、自身でも「白内障治療と認知機能の関係」の調査・研究・発表を行う。『目の病気がよくわかる本』(講談社)などを監修。NHKをはじめテレビ番組にも多く出演している。

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