要る?要らない? 菅前総理の「江戸城天守」再建論が避けてとおれない意外な難題

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天守再建する天守台が違う

 だが、まったく別の問題がある。家光が築造した天守台は火災の際に焼けただれたために撤去され、すでに述べたように、現存する天守台は明暦の大火ののちに前田綱紀が再建したものだ。つまり、現存の天守台は、とうとう建たず仕舞いで終わった天守のための石垣であって、そこに天守が建ったことはないのである。

 焼失したものとほぼ同規模の天守を建てる計画だったため、あたらしい天守台の表面積は、撤去されたものとほとんど変わらない。その意味では、ここに家光の天守を再建することはできる。しかし、じつは天守台の高さが違う。家光の天守台は七間(14メートル弱)の高さがあったが、現存の天守台は六間(約12メートル)しかない。

 妥協して現存天守台に、家光による三代目天守を再建する場合、木造部分は正確に再現できても、天守台をふくめた天守全体としては、史実と異なったものになる。では、一間分だけ石垣を積み増すのか。仮にそれが可能だったとしても、360年以上前に築かれた歴史遺産を改変することになってしまう。では、正徳年間に計画された天守の設計図にしたがって建てるのか。しかし、そうなるともう歴史文化的遺産の再建とはいえない。

 江戸城天守の再建は結局、この問題をクリアしないことには実現できない。私は述べてきたとおり、再建の意義は大いにあると考える。しかし、それが建てられるべき場所には、それが建つべきではない石垣が残されている。いまのところ私には、この問題の解決策が思い浮かばない。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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