「なぜやめてくださいと言わなかったのですか」「悪気はなかったんだから」はNGワード パワハラ防止のために経営者が知っておくべき最低限のこと

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 25歳の団員の自殺を受け、宝塚歌劇団は14日、会見を開いて外部弁護士らによる調査チームの報告書の説明を行った。

 宝塚歌劇団側の説明としては「いじめやパワハラは確認できないが、労働環境には多分に問題があった」というものだった。これに対して遺族側は反発を強めており、世論も厳しい反応を示しているため、歌劇団もおそらくはさらなる対応を求められることになるだろう。

 多くの企業経営者にとって、パワハラは他人事ではない。特に2020年6月1日からパワハラ防止法(正式には労働施策総合推進法の改正法)が施行されて以降は、雇用管理上必要な措置が義務付けられているのだ。当初は大企業だけの義務だったが、2022年4月以降は中小企業も義務付けられている。

 法律で求められている義務とは何か。数多くのハラスメント問題に取り組んできた弁護士、井口博氏の著書『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで―』をもとに見てみよう(以下、同書をもとに再構成しました)。

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事業主の措置義務とは

 パワハラ防止法には、事業主にはパワハラ防止などの雇用管理上必要な措置を講じる義務があると書いてある。経営者と管理職は何をすればよいのだろうか。

 この事業主には法人でない個人事業主も含まれる。例えば街のラーメン店の経営者がアルバイトを雇っている場合も立派な事業主である。

 当初、義務があるとされたのは大企業で、ラーメン店のような中小企業は努力義務とされた。しかし、それらの中小企業も2022年4月から措置が義務付けられた。

 措置が義務付けられたことで、それに違反するとペナルティがかかる。

違反はブラック企業として公表

 例えば会社が相談窓口を作らなかったとする。しかし、そのことだけではペナルティはない。

 ペナルティのひとつは、会社が措置義務違反についての厚労大臣からの勧告に従わなかったときの会社名の公表である。

 例えば、被害相談をした社員に会社が報復として仕事を与えないなどの不利益な扱いをしたとき、厚労大臣が会社に不利益な扱いをやめるように勧告したとする。ところが、会社がそれを無視して勧告に従わなかった場合には、厚労大臣がその会社名と違反内容を公表することがある。

 この会社名の公表というのはすでに男女雇用機会均等法に規定があり、2015年9月には茨城県の医院が妊娠を理由に女性労働者を解雇したことについて勧告に従わなかった、というケースで医院の名前が公表されている。それ以外には、労働基準法に違反して違法な長時間労働を繰り返した会社名が公表されたことがあり、ブラック企業の公表として話題になった。

 公表されると、言わば厚労省認定のブラック企業として全国に名が知られてしまうので、評判ががた落ちとなるのは間違いない。

 もうひとつのペナルティは罰則である。それは厚労大臣が、会社がハラスメント案件にどういう対応をしたかなどの報告を求めたときにそれを無視したり、虚偽の報告をしたりしたときで、20万円以下の過料に処せられる。この過料というのは刑法に定める刑罰ではないが、秩序罰と呼ばれる罰則である。

 だが、この過料は罰則としては非常に軽い。20万円くらいで済むならと報告しない会社が出てきても不思議ではない。もう少し重い罰則でなければ実効性はないだろう。

経営者は就業規則と方針を

 経営者は何をすればよいのだろう。

 指針には、事業主の方針の明確化と周知・啓発、相談窓口の設置などが細かく書かれている。

 この指針はマニュアルではない。法律と一体となったお上からのお達しである。ということは、何か問題があったとき労働局などからそれを示されて、「指針ではこうなっていますから、あなたの会社もこのような防止・対応体制をとってください」と言われる基準である。

 ただ、どの程度のものが作れるかは会社の規模で全く違う。会社の規模に合わせた、できるだけの防止・対応体制を作ることで十分であろう。

 では何から始めたらよいか。まずは就業規則である。

 法律相談を受けていてよく出てくるのは、会社に就業規則がないという話だ。常時10人以上の労働者を使用する使用者は、必ず就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出なければならない(労働基準法第89条)。違反したときは30万円以下の罰金なので決して軽くない。しかし、この規定を知らない経営者は多い。

 雇っている社員が10人未満でも就業規則は作成した方がよい。就業規則は雇われている側のために作るように思っている経営者が多いがそうではない。何か問題が起きたときに就業規則があることで解決できるというメリットが経営者にもある。この就業規則にハラスメントの禁止と懲戒規定を書いておく。これが第一歩になる。

 次にやるべきことは、ハラスメントのない会社にすることを方針として公表することである。

 これは要するにトップからハラスメント根絶宣言を発信するということだ。小さい会社であれば社内報とかメール配信でよいし、パワハラ防止のポスターを貼るだけでもよいだろう。要は姿勢を示すことである。

 できればこのような宣言は社長からの上意下達という形ではなく下から議論を積み上げていって、トップがそれをまとめるという形の方がよいだろう。

 その方が充実したものを作れるだけでなく、その過程自体が社員のハラスメント教育となるからである。社員から、「トップだけが言ってもなあ」という感想が出るようではいけない。

相談窓口と言われても

 次にやるべきとされているのは相談窓口の設置である。

 しかし、相談窓口を作れと言われても、どの会社でも作れるわけではない。

 厚労省の2016年度実態調査では、社員が1000人以上の会社では約72%が相談窓口を設置しているが、99人以下の会社では設置しているのはわずか9%にすぎない(従業員調査)。新しく法律ができて設置する会社はある程度増えるかもしれないが、小規模の会社では相談窓口の設置は難しいだろう。

 では、小規模の会社はどうしたらよいのだろうか。弁護士や社労士に外部相談窓口として委託しなくてはいけないのだろうか。しかしそれにはコストがかかりすぎる。

 総務や人事があれば、その担当社員が相談窓口になるというのが最もオーソドックスな形であろう。しかし社員が5、6人しかいない町工場など、総務や人事の専任社員もいない小企業はたくさんある。

 そのような場合は、都道府県の労働局や労働基準監督署にある労働相談窓口を相談窓口のひとつとして周知すればよいだろう。

 なお、パワハラ防止法では、職場のパワハラに関して紛争があったとき、紛争当事者から都道府県労働局長に解決の援助や調停を申請することができることとなっている。このことも社員に周知すべきだろう。

管理職は何をすればよいのか

 被害者が会社の相談窓口に来る比率は非常に少ない。

 厚労省の2016年度実態調査では、パワハラを受けたと感じて社内の相談窓口に行った者が3.5%、社外の相談窓口に行った者が1.7%で合計してもわずか5.2%しかいない。

 パワハラと感じた社員が社内で相談する相手としては、同僚への相談が16%で、次いで上司への相談が12.7%だった。上司として相談に乗るのは管理職である。どのような規模の会社でも、管理職には、部下や同僚から相談を受けたときにしっかりとその役割を果たすことが求められている。

 といっても、相談をしやすい管理職としにくい管理職がいるだろうし、管理職がみな相談を受けることに慣れているわけではない。大事なことは、相談を受けた管理職が間違った対応をしないことである。そのために注意しなければならないことがいくつかある。

 まず、もみ消しはそれ自体でハラスメントになるので決してしてはいけない。もしそのケースが民事裁判になったときには加害者と並んで共同被告になることさえある。

 次に注意すべきことは守秘義務である。そもそも口の軽い管理職へはこわくて誰も相談に行かないが、そうでなくても相談内容をつい誰かに話してしまうことが起こる。

 相談内容は本人の同意がなければ第三者に伝えてはいけないというのが大原則である。ただ例外として、相談者本人に危険が及ぶときは同意なしで必要な範囲で第三者に伝えてもよい。

 本人の同意があったときは、それを書面に残しておくのがよい。相談者から後になって同意していなかったと言われたときのための予防措置である。

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