日本の農畜水産物は「第二の自動車産業」になる――安田隆夫(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス創業会長兼最高顧問)【佐藤優の頂上対決】
圧縮陳列、深夜営業の「ドン・キホーテ」を創業した安田隆夫氏は、8年前にいったん経営の最前線から退いている。だがいま、新しい業態の店舗を引っ提げ、シンガポールを拠点にアジア地域での出店攻勢をかけている。小売業界の異端児が今回注目したのは、海外における日本の農畜水産物の販売だった。
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佐藤 安田会長はいま、シンガポールにお住まいだそうですね。
安田 ええ、2015年に移住しました。必要があれば、短期間日本に滞在することもあります。
佐藤 ご著作『安売り王一代』によれば、その年にご自身が創業されたドンキホーテホールディングス(現パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス、以下PPIH)のCEOをはじめ、国内グループ各社の取締役をすべて辞し、経営の第一線から退かれたとあります。その後、海外でまた新たな事業を始められて、2019年には非常勤ながらPPIHの取締役に復帰された。このあたりの経緯を教えてください。
安田 シンガポールに住んでみたら、日本の食材があまりに高くて驚いたんですよ。こんなバカなことがあるものか、と義憤に駆られましてね。日本の食品に特化した店舗を作ったのです。
佐藤 シンガポールで悠々自適な生活を送られているわけではなかったのですね。
安田 当社では、以前からアジアを中心として海外展開を視野に入れており、シンガポールがアジアのハブ機能を持つことに着目し、海外事業本部として現地法人を設立して私が代表者になっていました。実は日本を出る際、タイで日本をテーマにした店舗を作るつもりで、実際に物件も購入していました。タイは人件費が安く、土地も高くはありません。だから事業には適当な場所でした。一方、シンガポールは人件費が高いし、小売業での雇用も難しく、さらに不動産コストも高い。ですから、当初はそこで店を出すことは考えていませんでした。
佐藤 そもそも国自体が小さいですから。
安田 でも、それがよかったんです。国土が狭いため、シンガポールには自国の農畜水産物がほとんどない、だからその保護規定が緩い。輸入しても関税がほとんどなく、港は自由港です。
佐藤 農業国であるタイとは、まるで違うわけですね。農業国に農産物を持っていくのは大変です。
安田 その通りで、シンガポールや香港は小さな都市国家で、農畜水産物の生産がほとんどありませんから商流の自由度が高い。農畜水産物は何でも海外から持ってこられます。しかもシンガポールは、コンテナで日本から台湾に持っていくより、輸送費が安いんですよ。
佐藤 貿易のハブですから、そもそも船便の数が違います。
安田 ええ。それなのに、日本の食品や食材が高い。日本の3倍以上はします。私は、とにかく安く売る商売をしてきたわけです。日本で食品の粗利率は18%ほどで、消費税は10%です。こうした厳しい環境で仕事をしてきましたから、この値段は何だ、と思ったんですね。
佐藤 だいたい外国の日本食材店は、駐在員くらいしか買わない値段設定になっていますね。私がソ連に駐在していた時代は、わざわざスウェーデンのストックホルムの日本食品店まで買い出しに行ったものですが、当時シンガポールにあったのは、どんな店ですか。
安田 日本でも名前の知れたスーパーがあります。あとは現地に定住した日本人がやっている店ですね。
佐藤 彼らが安田さんの事業欲に火をつけた。
安田 それで2017年12月に、シンガポールの繁華街であるオーチャード通りに「DON DON DONKI」の1号店を出しました。これは日本産、日本製、日本でプロデュースした商品のみを扱う「ジャパンブランド・スペシャリティストア」です。コンセプトショップと言ってもいいでしょうね。
佐藤 ドン・キホーテの延長線上にある店ではない。
安田 シンガポールで日本のドン・キホーテと同じ店舗を作ることは不可能です。私どもは、世界展開しているユニクロや無印良品、あるいはニトリのような、生産から販売まで行うSPA(製造小売業)ではない。日本でたくさんの仕入れ先を持ち、そこから商品を集め、編集して売るという、一つのエコシステムが形成されています。これを他国に移すことはできません。
佐藤 シンガポールにはシンガポールのエコシステムがある。
安田 はい。それはもう地元の企業がやっていて、私どもに参入の余地はない。だから新しい業態を作るしかなかったんですね。そこで日本の食品に特化し、日本と直接貿易を行うことでコストを下げ、価格破壊を起こす店を作ったのです。
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