ヤクザ映画ファン垂涎の「北陸代理戦争」がニュープリントで甦るまで…旧作邦画を自腹で守る名画座「ラピュタ阿佐ヶ谷」支配人が語る

エンタメ 映画

  • ブックマーク

日本映画史の超問題作

「『北陸代理戦争』は、ヤクザ映画史のみならず、日本映画史を語るうえで欠かせない、ある意味、“超問題作”なんです」(映画ジャーナリスト)

 本作は、当時、実際に福井方面で発生していた暴力団抗争をモデルにした“同時進行映画”である。劇中、主人公の組長(松方弘樹)が喫茶店で襲撃され、命からがら逃げのびるシーンがある。もちろん、架空のドラマだ。ところが公開後、モデルとなった組長本人が、映画とおなじ喫茶店で、今度はほんとうに「射殺」される事件が発生したのだ。警察もマスコミも、原因がこの映画にあるかのように発表・報道し、世間は騒然となった。これを契機に、深作欣二と東映は実録路線から撤退する。「北陸代理戦争」は、いわば、“最後の実録ヤクザ映画”となったのである。

「そればかりではありません。この映画は、まさにアクシデントのデパートでした。渡瀬恒彦が撮影中に大けがをして降板(代役は伊吹吾郎に)。福井県警からの執拗な中止要請。現地ロケは、福井県警とモデル暴力団が見守るなかでおこなわれました。進行は遅れに遅れ、中島貞夫がB班監督として急きょ助っ人に。クランク・アップ(撮影終了)は公開4日前! 残りの3日間、スタッフは不眠不休で編集作業をつづけ、フィルムが全編つながったのは公開前日でした」

 これほどのアクシデントを乗り越えて完成したにもかかわらず、本作は、福井県警の公開自粛要請で、肝心の福井県下では劇場公開されなかった。

「こういった“裏話”ばかりが先行し、本作のほんとうの魅力が忘れられがちです。人間は、信じていた相手から裏切られ、堪忍袋の緒が切れたとき、どういう行動に出るのか。また、裏切った本人は、自己防衛のために何をするのか。人間の本質を暴力団抗争に託して見事に描き出している。シェイクスピアが数々の史劇で描いたことを、脚本の高田宏治さんは90分で描いたのです。ヤクザ社会の女性の生き方にも焦点を当てており、のちの『極道の妻たち』などの原型となった。本作は、高田さんの傑作だと思います」

 この名作の完成までのすべてを、驚異的な取材力で描いた名作ノンフィクションがある。映画史研究家の伊藤彰彦による『 北陸代理戦争事件』(国書刊行会刊、2014年)である(のちに加筆し、『映画の奈落 完結編 北陸代理戦争事件』として講談社+α文庫に収録)。

東映にフィルムがない!

 ふたたび、ラピュタ石井支配人の話。

「2014年、その伊藤彰彦さんの著書の刊行記念をかねて、脚本家・高田宏治先生の特集を組むことになりました。大ヒットシリーズ『極道の妻たち』から3作、さらに『野性の証明』『鬼龍院花子の生涯』『仁義なき戦い 完結篇』『実録外伝 大阪電撃作戦』などの名作がそろいました。ところが、肝心の『北陸代理戦争』が、もう東映にも、フィルムがなかったんです」

 なんと、一冊のノンフィクションの題材になるほどの名作映画が、この時点で、もう観られなくなっていたのだ!

「『北陸代理戦争』の本の刊行記念なのに、その映画を上映しないわけにいきません。これも、フィルムセンターが所蔵していることはわかっていたのですが……」

 東京・京橋の国立映画アーカイブ(旧・フィルムセンター)は、可能な限りすべての映画フィルムを収集・保存、さらには修復し、特集上映を組んで一般公開している。国が運営しているだけあり、保存状態もよく、きれいなフィルムが多い。条件付きながら、外部貸し出しも可能だ。

「しかし、同館のフィルムは、規定で1回の貸し出しで3回までしか上映できないんです。当館の場合、原則として一作を1週間で7回上映が基本です。長いこと、映画ファンが観られなかった名作を3回しか上映できない……しかし、いまニュープリントにしておけば、今後、当館以外でも上映され、多くのひとに観てもらえます。関連経費のことなども考え、思い切って新たに焼きました」

 先の映画ジャーナリスト氏は、その2014年のラピュタ復活上映を観ていた。

「泣きました。もう映画館で観ることはできないと思っていましたから。この映画は、冒頭、西村晃が、猛吹雪の雪原で、頭だけ出して生き埋めにされている衝撃的なシーンからはじまります。松方弘樹が周囲でジープを暴走させ、轢き殺す寸前の脅迫リンチを仕掛ける。もちろん本物の猛吹雪の下でロケされており、西村晃も吹き替えなし、命がけの撮影です。このシーンをラピュタ復活上映で観たとき、雪が、心なしかくすんでいるような気がしました。DVDなどの液晶画面で観る美しい純白とは、ちょっとちがう。これが、フィルムの魅力なんです。深作欣二監督と中島徹カメラマンは、わざと“くすんだ白さの雪”にすることで、北陸のヤクザ社会を表現したのではないでしょうか」

 このリンチ場面は、ラストでも再現される。

「細かい説明は避けますが、ぜひここを見逃さないでください。くすんだ白さの雪のうえに、一瞬、真っ赤な血が……。『北陸代理戦争』のモチーフが、ここに凝縮されているような気がします。フィルムだからこそ、表現できたシーンだと思います」

次ページ:映画文化を支えるミニシアターの心意気

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。