ヤクザ映画ファン垂涎の「北陸代理戦争」がニュープリントで甦るまで…旧作邦画を自腹で守る名画座「ラピュタ阿佐ヶ谷」支配人が語る
そもそも映画の「ニュープリント」って何?
東京・杉並区。JR中央線・阿佐ヶ谷駅から徒歩3分の場所にある名画座「ラピュタ阿佐ヶ谷」(以下「ラピュタ」と略す)が、開館25周年を迎えた。全48席、旧作邦画専門のミニシアターだが、個性的なプログラムで多くの邦画ファンを魅了してきた。
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「当館は、1998年にアニメーション専門の映画館としてオープンしました。オープニングはロシアの巨匠、ユーリ・ノルシュテイン監督の特集。いまでも、ご本人のサインが、ロビー壁に残っています。その後は、旧作邦画の特集上映を専門とするミニシアターとなっていまに至っています」
と語るのは、この個性派映画館の支配人、石井紫さんである。石井さんは2003年の入社。すでに20年余、ラピュタに携わってきた。
「その間、どの特集がいちばん人気があったかと、よく聞かれます。しかし48席しかないので、満席になることも多いんです。よって、人気があった特集はたくさんあります(笑)」
そのラピュタが、現在、25周年を記念して《ニュープリント大作戦!》と題する特集上映を組んでいる(12月30日まで)。実はラピュタは、単なる旧作上映だけではなく、失われた作品を、自費を投じて「ニュープリント」で復活させてきた。その数、約120本! 今回は、そのうち、厳選された46本が上映されている。
しかし……そもそも「ニュープリント」とは、何なのか?
「よく、古い映画を観ると画面が傷だらけで、“雨が降っている”なんていいますよね。映画フィルムは上映を繰り返すたびに傷や汚れがつきますし、経年劣化で色が褪せ、縮みや歪みも生じて使用できなくなります。いつしか行方不明になったり、状態不良でジャンク(破棄)されたりした作品も多いんです。そもそも全盛期の映画は、封切り後、二番館や三番館でおつとめしたらもう御役御免で、フィルムを“残す”との発想は薄かったんだと思います。しかしネガさえ残っていれば、あらたに“焼きなおす”ことができます。きれいなフィルムでよみがえり、封切り時とほぼ同じ状態で観られる。これを“ニュープリント”といいます」
だったら、わざわざむかしながらのフィルムに焼きなおすより、現在の標準形式であるDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)など、デジタル化したほうがよいのでは?
「うちはDCPを導入していません(笑)。だって、旧作邦画でデジタル化されているのは、黒澤明や小津安二郎といった、一部の有名作品だけですから。世界的に知られる大島渚作品でさえ、デジタル化はまだ一部です。ましてや、むかしの一般娯楽映画のデジタル化などとんでもない話で、今あるフィルムで観るしかないんです。ですから、うちにデジタル設備を入れても、使うこと自体が、あまりないんです」
温度や質感はフィルムにかなわない
フィルム上映にこだわる理由は、ほかにもある。
「私がラピュタに入社して最初に手がけたニュープリントが、2007年、田中登監督(2006年没)の追悼特集における、『実録 阿部定』(1975年/日活)でした。1970~80年代の日活ロマンポルノなどは、たしかにデジタルで観ると鮮明なんですが、ひとの肌の温度感やしっとりとした質感などは、やはりフィルムでないと味わえないと思います」
映画とは本来、映写機でフィルムに光線を通した映像を、暗闇のスクリーンに投影して観るものである。往年の監督やカメラマンは、それを前提に画面を設計してきた。だからデジタルで投影したり、液晶画面で観たりするのは、オリジナルを観たことにはならないのだ。
よってラピュタは、成人映画のニュープリントにも力を入れてきた。今回の特集でも、「昼下がりの情事 変身」(田中登監督、1973年/日活)や、「OL日記 濡れた札束」(加藤彰監督、1974年/日活)など、かつてラピュタがよみがえらせてきた名作ポルノがラインナップされている。
それどころか、すでにこの世から“なくなっていた作品”の発掘・復活も多い。
「前田満州夫監督の『人間に賭けるな』(1964年/日活)がそうです。前田監督は作品数も少なく、資料で題名を知るのみでした。ほかの作品が面白かったので、本作も気になっていました。しかし周囲に、観たことがあるひともいないし、フィルムもない。原作は寺内大吉の“競輪ギャンブルもの”で、脚本は松竹ヌーベルバーグの森川英太郎と田村孟。主演が渡辺美佐子……名作の予感をおぼえました。幸いネガは残っているというので、2013年の日活レアもの特集にちなみ、題名とは裏腹に、思い切ってニュープリントに“賭けて”みました。試写で初めて観たときは、すごい作品を見つけてしまったと、興奮したものです」
これを機に「人間に賭けるな」は、ほかの名画座でも盛んに上映される異色人気作となった。昨年、ついに初DVD化もされた。
「左幸子さんが監督・出演された『遠い一本の道』(1977年)もそうです。左プロと国鉄労働組合の提携による自主制作。しかし左プロはもう存在しません。国労はいまでもJRの組合ですが、さすがにフィルムについてはもうわからないという。左さん渾身の監督作品で、この年のキネ旬第10位の名作なんですが……。そうしたところ、2008年に左さんの特集上映を組むことになり、ぜひ本作もかけたかった。フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ=後述)には所蔵がありましたが、当時は民間の映画館が同館の所蔵フィルムを使用することは難しく……ハードルが高かったのです」
そこで、左幸子の娘で、当時存命中だった作家の羽仁未央に相談した。未央は、母の左幸子とは幼少期に絶縁していたが調べてくれて、イマジカ(旧・東洋現像所)に奇跡的にネガが残っていることが判明。そこで新たにニュープリントを焼いて、ついに復活上映されたのだ。鉄道ファン垂涎のSLや、軍艦島の貴重な映像も見事によみがえった。
上記2本も、今回の特集ですでに上映された。だが、こういった苦労話は、チラシなどでは一切説明されない。たった1本の映画が復活して、たった48席のミニシアターにかかるまでには、ひと知れぬ険しい道のりがあったのだ。
「石井支配人の慧眼とご苦労は察するに余りあります。しかし、ラピュタがニュープリントで復活させた名作といえば、私は、これにとどめを刺したい」
と、ある映画ジャーナリストが、《ニュープリント大作戦!》のチラシを開き、右下隅の作品を指さした。それが、1977年の東映作品「北陸代理戦争」(深作欣二監督)である(12月10~16日に上映)。
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