「質と量の戦いだよ」あるウクライナ兵士はつぶやいた…ウ地上軍に密着取材、日本人記者が見た緊迫の東部戦線【写真多数あり】
スターリンクが示す国際的な支援の重要性
地下壕の中でしばらく様子をうかがうが、近くには着弾しない。兵士らは煙草を吸ったり、おしゃべりをしたりと、くつろいだ雰囲気になった。地下壕はつねに砲撃に晒されている彼らが日常的に暮らす空間でもあり、ベッドや炊事用のストーブなどが備えてある。
兵士が食品の備蓄から肉の塊を出して私たちに勧めてくれた。ウクライナ伝統食の豚の脂身の塩漬け、「サーロ」である。「おいしい」と言うと彼はうれしそうに微笑んだ。冗談を言って笑い合う兵士らを見ていると、ここが戦場であることを忘れそうになるが、話を聞くとみな戦友の何人かを失っているという。青春を戦争のなかで生きる若者たちがここにいる。
分隊長のフィズルーク軍曹がさかんにスマホで司令部と交信している。スマホの使用は危ないのではと尋ねると、スターリンクのWi-Fiを使っているとのこと。イーロン・マスク氏のスペースXが運用するネットサービスである。その白いモデムが地下壕の真ん中に置いてあった。
スターリンクは、2022年2月のロシアの侵攻後にウクライナ支援としてサービスの提供をはじめた。ロシアの爆撃でウクライナ全土の通信インフラが破壊されるなか、スターリンクは軍民ともに死活的に重要なライフラインとなっている。前線にくぎ付けになっている兵士らにとっても、Wi-Fiで家族とつないで話ができるスターリンクの存在は大きい。国際的な支援の重要性が分かる。
「西側の優秀な兵器があれば戦況を変えられるのだが」
フィズルーク軍曹は私たちに、最近のロシア軍の攻撃は「非常に厳しい」と認めた。前線の兵士の士気は高く、敵軍を食い止めることができているが、ぜひ欲しいものが2つあるという。それは武器と弾薬、そして航空戦力だ。
122ミリ自走榴弾砲は、ソ連時代の1970年代に実戦配備された、すでに旧式となった火砲で、同行したジャーナリストの遠藤正雄さんは、砲身を観察して「熱で色が変っている。煤(すす)もたまってだいぶ使い込んでいる」と言う。砲弾は精密誘導弾ではなく通常弾だ。兵器の数も弾薬の量もロシア軍が勝(まさ)っており、今のままでは攻撃を跳ね返すのがやっとのようだ。
「質と量の戦いだよ」とある兵士がつぶやく。弾薬を節約しながら狙いを定めて撃つウクライナ軍に対して、ロシア軍はめったやたらに撃ってくるというのだ。
フィズルーク分隊長にウクライナの反転攻勢が滞っているのでは、と突っ込んで聞くと、「ゆっくりだが確実に一歩一歩前進している」との答え。しかし、大量に敷設された地雷と二重三重に構築されたロシアの防衛線を破って進むのは容易ではない。「西側の優秀な兵器があれば戦況を変えられるのだが」と、海外からの武器支援に期待を示した。
砲撃を担当するのは入隊して2年のアンディーという砲手だ。「戦争が長びいて疲れている。戦争中は休暇がとれず、家族に会いたくてたまらない」とこぼす。彼がカメラに向かってグチを言うのを上官の軍曹は笑って見ていた。ここには軍隊でイメージされる堅苦しさはなく、フレンドリーな仲間意識が感じられる。
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