門脇麦が語る舞台「ねじまき鳥クロニクル」 独創的な世界と村上ワールド

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舞台は初演よりさらに深まっている

「配役も、ほぼ初演キャストがそろいました。驚くのは、主人公の“僕”を、2人の役者(成河/渡辺大知)で演じることです。ダブル・キャストではありません。2人が 1人を演じるのです。入れ替わりもありますが、いくつかのシーンでは、2人が同時に登場して、1人を演じます」

 たしかにこの不思議な仕掛けには、当初、惑わされるかもしれない。

「なぜ2人で演じるのか。“僕”の内面の、どの部分をどちらの役者が、どんなふうに演じるのか。その仕組みがわかってくると、この舞台がいかに知的に構成されているかが判明し、興奮を覚えます。そして、そんな世界に風穴というか、一筋の光を差し込ませるような女子高生、“笠原メイ”を演じるのが門脇麦です。舞台全体の、重要なアクセントの役となっています」

 彼女は“僕”の近所に住んでおり、会うと「ねじまき鳥さん」と声をかけてくる。学校には行かず、かつらメーカーで“薄毛”のひとを数えるアルバイトをしている……そんな役を演じる門脇麦が、

「初日が開いて、ああ、ようやく始まったんだなあという思いです」

 と、ホッとした表情で語ってくれた(インタビューは開幕3日目におこなわれた)。

「私、再演の舞台に出演するのは初めてなんですが、初演よりずっと深まっていると思います。同時に、適度に削ぎ落された部分もあって、さらにわかりやすくなってもいます」

 演出・振付・美術のインバル・ピントは、もともと大ファンだった。

「『100万回生きた猫』『羅生門』はもちろん、日本で公演された彼女の舞台は、全部観ています。ですから、コトバではなく身体で表現するひとだということは知っていました。台本をいただいたときも、これはあくまで“骨組み”であって、これをもとに身体表現などを加えて、肉付けしていくものだと理解していました。それにしても、実際にはじまってみると、こんなセットになるのか、こんな動きになるのかと、驚きの連続でしたね。特に私が演じる笠原メイの衣裳には驚かされました。まさか金髪でノースリーヴ、ホットパンツだとは! さらにポストカード(ハガキ)のなかに私が入って、手紙そのものになるなんて想像もしていませんでした」

 もちろん、衣裳もインバル・ピントのアイデアが反映されている。

「演出や振付だけでなく、美術セットから衣裳まで、すべてがインバルの頭の中にあって完成されているんです。私は、普段、映画でも舞台でも、原作はあまり読みません。あくまで台本がすべてだと思っていますから。でも今回は村上春樹さんの原作小説を読んでみました。そのうえで感じるのですが、やはりこの舞台は、村上ワールドであるとともに、インバルの世界になっている。私たち役者は、そんな彼女の素晴らしい世界観を表現することに徹する。こんな経験は、めったにできません」

役になり切っている門脇

 今回は、インバル・ピントのほかに、アミール・クリガーも脚本・演出として加わっている。

「アミールは、コトバに対する考え方がすごく深い。当たり前ですが、私たちは日本語でセリフを言います。彼はイスラエル人で、日本語がわからない。なのに、稽古では、私たちのコトバを聞いて、その表現の仕方に対して的確なアドバイスをしてくれる。もちろん彼の台本には、日本語と英語が併記されていますから、役者が、いまどのセリフを言っているのかはわかっているはずです。しかし、表情や感情を読み取って導いてくれる。コトバの本質に国境はないのかもしれません」

 そのほか、大友良英の音楽も、とても気に入っているという。今回は、大友を含む3人のミュージシャンによるナマ演奏だ。

「大友さんの音楽は、少ないシンプルな音を繰り返して出来上がっています。それが、舞台上の不安定な世界観に合っているんです。私も何曲か歌いますが、私はもともと、歌唱とセリフを同一に考えるようなところがあって、大友さんの音づくりは、私にとって自然で、とても歌いやすいです」

 今回は地方公演も含めて、30ステージをこなす。休憩を含めて約3時間の舞台だ。1日2公演の日も多い。実にたいへんそうに見えるが、

「まったく大丈夫です。NODA・MAP『贋作 桜の森の満開の下』のときは、東京公演からフランス公演、帰国して地方公演、また東京公演と、今回よりずっと長い期間を駆け抜けた経験がありますから。最後までがんばります」

 とにかく彼女は、インバル・ピントに対する熱い思いでいっぱいのようだ。

「彼女、昨日、帰国してしまって、悲しくて泣きました。初日で一緒にカーテンコールに出ていただけたのは、一生の思い出です。今後もインバルの舞台があったら、ぜひ参加したいと思っています。とにかくこんな面白い舞台は、めったにありません。いったい、何を見せられているのかと驚きながら時が過ぎていく。そんな舞台です。ぜひ、多くの方にご覧いただきたいと思っています」

 そう言って、“笠原メイ”こと門脇麦は、ソワレ(夜の部)の準備に向かっていった。あの名セリフ「さよなら、ねじまき鳥さん」と、小声で言ってくれたような気がした。公演は、12月中旬までつづく。
(敬称略)

富樫鉄火(とがし・てっか)
昭和の香り漂う音楽ライター。吹奏楽、クラシックなどのほか、本、舞台、映画などエンタメ全般を執筆。東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウインド・オーケストラなどの解説も手がける。

デイリー新潮編集部

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