門脇麦が語る舞台「ねじまき鳥クロニクル」 独創的な世界と村上ワールド

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満を持しての公演

 村上春樹原作による話題の舞台「ねじまき鳥クロニクル」が11月7日、東京芸術劇場プレイハウスで開幕した(26日まで。その後、大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ:12月1~3日、愛知・刈谷市総合文化センター大ホール:12月16・17日)。

 本来、2020年2月に初演されたのだが、コロナ禍の影響で、短縮上演となってしまった。それゆえ初演を観られなかったひとも多く、今回は満を持しての再演である。初日から、全席スタンディング・オベーションとなる大好評、大盛況となっている。

 さっそく出演俳優のひとり、門脇麦に話を聞くことができた。だがその前に、いったいどういう舞台なのかを、初日を観劇したベテランの演劇ジャーナリストに解説してもらおう。門脇麦ファンの方は、少しご辛抱ください。

アートとエンタメが融合した独特な世界

「通常の“芝居”とはあまりにちがう、たいへんユニークな公演です。こういう作品が日本で生まれたことは、舞台公演史上、画期的なことだと思います」(演劇ジャーナリスト)

 いうまでもなく、原作は1994~95年にかけて発表された村上春樹の小説(新潮文庫刊、全3巻)。第47回読売文学賞を受賞したベストセラーである。

「主人公、“僕”(岡田トオル)の飼い猫がいなくなり、妻のクミコも失踪する。それをきっかけに“僕”は、次々と不思議な人々や謎や夢に出会い、やがて戦時中の満州・蒙古の国境付近、ノモンハンでのある事件が語られ……という、空間と時間が交錯する重層的な小説です。その舞台化と聞くと、不条理劇のような、“演劇通”でないと理解できない舞台を想像するかもしれません。しかし、まったくそうではありません。これは、我々が通常イメージする“芝居”ではないのです」

“芝居”でないなら、いったいこの公演は、何だというのか。

「ベースは、身体を自由に駆使して表現する現代舞踊、コンテンポラリー・ダンスです。役者の動きやせりふ回しまでが、その精神で演出されています。そこにダンサーの踊りが加わり、役者はセリフの一部を歌う。いってみれば、歌・舞・演技が完全に一体となった舞台で、これがほんとうの“歌舞伎”かもしれません。それでいて、ちゃんと原作のストーリーを追っており、ダンス・ファン向けというわけでもない。実にうまく、誰でも楽しめる舞台になっていました。いわば、アートとエンタメがバランスよく同居しているような感じです。主人公が出会う謎に、我々観客も誘い込まれ、次々と意外なヴィジュアルに遭遇する。客席に座っているだけで、迷宮アトラクションのなかを行くような感覚が味わえます。ですから原作を未読の方でも十分楽しめて、目が離せないと思います」

 演出・振付・美術を手がけたのは、イスラエルのコンテンポラリー・ダンサーで振付・演出家のインバル・ピント。2013、2015年に上演されたミュージカル「100万回生きたねこ」を手がけた人物である。役者が不思議な動きで演じる、“衝撃のミュージカル”だった。今回は、さらにアミール・クリガー(脚本・演出)、藤田貴大(脚本・作詞)といったスタッフが加わる。フリー・ジャズのテイストあふれる音楽は、朝ドラ「あまちゃん」でおなじみ大友良英によるナマ演奏だ。

「その面白さを口で説明するのはむずかしいのですが、役者は、常に“動いて”います。その動きの基本に、コンテンポラリー・ダンスがあります。たとえば、ひとりの役者が長セリフを言う独白シーン。通常の演劇だったら、舞台上を左右に歩きながら客席に向かって語る演出が大半でしょう。シェイクスピア劇が典型です。しかしピント演出はちがいます。上下前後左右、あらゆる方向へ、あらゆる姿勢で役者を動かす。ピントにとっては、重力などないも同然です。圧巻なのは、“間宮”(中尉)を演じた吹越満の、約20分に及ぶ独白シーンでしょう。原作ファンにとっては、おそらくここが、いちばん気になるシーンかもしれません。あえて述べませんが、常識では考えられない動きを見せてくれます。私が見た近年最大の衝撃独白シーンでした」

 そのほか、〈特に踊る〉と称されるダンサーが8人、出演している。

「この8人は、本公演のために集まったコンテンポラリー・ダンサーですが、まるで常設カンパニーのような、素晴らしいアンサンブルを見せてくれます。あるときは心象風景を身体で表現し、あるときは“その他大勢”の脇役を演じる。近年の演劇では、スローモーション映像を模した“緩慢演出”をよく見ます。本作でもそういうシーンがあるのですが、彼らが演じるのは並大抵の“緩慢”ではありません。スローモーションとはこれだといいたくなる迫力と美しさです」

 そのほか、村上文学ではおなじみのモチーフ「井戸」「地下」「壁」なども、大掛かりな美術セットにより具体的に表現される。意外とスペクタクルな舞台なのである。

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