「寝つきが良くて8時間寝ている」人が健康とは限らない理由 人生を左右する睡眠の質の新常識

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 人生で費やす時間が最も多いのは何か。仕事でも学業でもなく、生涯の3分の1を充てる「睡眠」である。

「快眠法」やら「濃縮睡眠」「睡眠の質向上」に「爆睡術」。書店に赴けば、そんなタイトルの本や雑誌が溢れている。しかし、そうした本の中には、誤った記述が少なくないという。

 玉石混淆の睡眠常識。眠りに悩みを抱える現代人は、何を信じるべきか。睡眠研究の権威・秋田大学大学院教授の三島和夫氏に、押さえておくべき「睡眠」の最新知見を伺った。(以下、週刊新潮編『名医・専門医に聞く すごい健康法』から一部を抜粋・再構成しました)

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「8時間寝れば安心」は間違い

 まずは、睡眠時間について。適正な睡眠時間は何時間か? と聞かれた時に「8時間」と答える人が多いのではないでしょうか。しかし、この数字には、ほとんど根拠がありません。

 数字の出所がはっきりとしませんが、おそらく、日本人の平均睡眠時間が7時間42分で、そこから出てきた数字なのでしょう。

 しかし、押さえておいていただきたいのは、睡眠時間は、非常に個人差が大きいということ。1日5時間程度で十分な人もいれば、9時間寝ないと日中の眠気に耐えられない人もいる。それだけでも4時間前後の個人差があるのです。

 それに加えて、同じ人でも年代によって、必要な睡眠時間は変わってくる。全世界の、5歳から85歳以上までの約3500人について、睡眠時間を集計・解析したデータがありますが、15歳で既に平均睡眠時間は8時間を切っていて、70歳を超えると6時間を下回りました。

 それを理解せず、8時間を絶対的な基準にしておくと、「昨日は8時間寝られなかった」と焦りが出てストレスとなったり、不眠症の人はそれがまた、睡眠への不安を強化させたりと、マイナスの影響を与えてしまうのです。

 その人にとってベストな睡眠時間というのは、「目覚めた時に、ある程度の満足感を得られ、日中眠くなるなどの不具合や不満を感じずに快適に過ごせるような時間」のことです。

 数年前、新語・流行語大賞で「睡眠負債」という言葉がトップ10入りしました。誰しも毎日一定の睡眠時間が必要であり、それより睡眠時間が短ければ、足りない部分が貯まって「眠りの借金」となり、これが累積、蓄積すると認知症やがんのリスクを増大させてしまうのです。

「寝つきが良い」はいいこととは限らない

 10年程前、20代の男性15名に、実験室で必要睡眠時間を計る実験を行いました。すると、その時間は、平均して普段の睡眠時間より1時間以上も長かったのです。しかも、この男性たちは健康で、普段取っている睡眠時間に不足を感じていなかった。ここからわかるのは、睡眠不足も慢性化すると、日中の眠気などの症状を感じなくなってしまうこと。毎日同じ匂いを嗅いでいるとその匂いを次第に感じなくなると思いますが、それと同じです。弊害を感じていないので、対策も講じない。これが睡眠負債の解決を難しくしているのです。

 日本は世界で平均睡眠時間が最も短い国と言われています。先の実験でわかるように、とりわけ若い世代では、睡眠不足が慢性化し、睡眠負債が溜まっている状態が見受けられるのです。「負債」を抱えているかどうかを自覚するのはなかなか難しいのですが、いくつか指標があります。

 まずは、床に就いてからどれくらいの時間で眠りについているか。寝床に入ってあっという間に眠ってしまうのであれば、かなりの睡眠負債を抱えている状態にあると思います。睡眠が足りている人は、照明を消してから脳波上の眠りに入るのに15分程度はかかるのが通常なのです。「寝つきが良い」は従来、肯定的な意味で用いられてきましたが、これは大きな問題を孕んでいるというわけです。

 本来、生物として、眠りの体勢に入ってすぐ眠ってしまうのは、周囲の安全を確認できていないという点で、極めて異常な行動です。

「寝室恐怖症」に注意

 とりわけ20~50代で、かような「睡眠負債」が問題になる一方、60代以上の中高年となると、今度は眠れないことに悩む人も数多くいます。いわゆる「不眠症」です。成人の5人に1人が睡眠で休養が十分にとれていないとの調査結果も出ていますが、これにも誤った「睡眠習慣」の影響があるのです。

 年を取れば運動量や基礎代謝が低くなり、必要睡眠時間も減ってくる。若い時よりも睡眠が短く、浅くなるのは当然です。

 不眠傾向の方がなぜ、眠れなくなるかと言えば、ひとつには寝室恐怖症があります。寝室で眠れない経験をすると、その不安で寝床では眠れないようになってしまうのです。レモンを見ると涎(よだれ)が出てしまうような、「条件付け」が起きるのと同じで、布団に入ったとたんに眠れなくなる。逆にこうした方は、昼間、電車の中だと眠れることもあるのです。

 しかし、それでも不眠症の方はなぜか最も苦しい場所である寝床にしがみつく傾向があるのです。「布団に入っていればそのうち眠くなる」「眠れなくても横になっているだけで身体は休まるから」とよく言われるからでしょうか。しかし、睡眠の専門医の間ではこれはNGワード。15分以上、布団に入っても眠れなければ、寝床を出てリビングに向かいましょう。で、もう起きていられないと思うまで、何かをしていれば良い。私の患者さんの中には、その時間、けん玉の練習をして、大会に出るほどまで上手になった人もいたくらいです。

晩酌は良いが寝酒はダメ

 先進国や新興国など、世界10カ国の国民を対象に、「眠れない時にどうするか」を調査したところ、他国では「病院を受診」「カフェインを控える」など、真っ当な回答が多かったのですが、日本人で最も多かったのは「寝酒」でした。

 お酒を飲むと眠くなるというのは本当で、胃腸から吸収されたアルコールが血液に乗って脳に到達すると、覚醒作用を持つ神経活動を抑える働きをし始めます。

 しかし、寝つきを良くするために毎晩アルコールを飲んでいると、身体がそれに慣れる「耐性」という現象が生まれ、催眠作用が徐々に弱くなってくる。酒量を増やさないと眠れないようになってくるのです。そうなると依存状態となり、アルコール性の肝炎、膵炎や認知症など、様々な副作用に見舞われる可能性が出てきます。

 また、飲酒習慣が長くなると、深いノンレム睡眠はむしろ減るため、熟眠感も得られなくなります。更には、アルコールの血中濃度は急に上がって急に下がるため、寝酒をして2~3時間もすると、催眠効果の大部分が抜けてしまいます。そのため、夜中に目が覚める「リバウンドによる中途覚醒」が起こってしまう。つまり、睡眠の「質」と「量」両面を低下させるのです。

 実は、アルコールと睡眠薬は、脳で作用する場所も同一であり、ほとんど同じ働きを持っています。しかし、睡眠薬は何となく危険というイメージを持っている一方、アルコールは少しくらいなら安心と、みな抵抗なく寝酒をする。これは随分ピントがずれている話です。昨今の睡眠薬と比べれば、むしろ酒の方が危険性は高い。寝酒に頼るのは、依存性が強く、副作用も多かった昔の質の悪い睡眠薬に頼っているのと同じと考えてください。

 適量の晩酌はストレス解消に良いですが、寝酒はNG。その違いは何かと言えば、眠りからどれだけ間を置けるか。お酒は布団に入る4時間前までに飲むのが理想と考えておくのが良いと思います。

 睡眠は個人の問題であると同時に社会全体の問題でもあります。間違った情報に惑わされず、正しい「常識」を身に付け、質量ともにしっかりした眠りを取っていただきたい。睡眠は、生きている限り一生付き合い続けなければいけない生活習慣なのですから。

『名医・専門医に聞く すごい健康法』から一部を抜粋・再構成。

三島和夫(みしま・かずお)
秋田大学大学院教授。1963年、秋田県生まれ。1987年、秋田大学医学部を卒業し、同大や米バージニア大、スタンフォード大などで睡眠医学研究に携わった後、国立精神・神経医療研究センターで部長を務める。2018年より現職。医学博士。日本睡眠学会の理事も務める。『睡眠と覚醒 最強の習慣』(青春出版社)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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