「太ももの肉ごと持っていかれそうに」「一か八か喉元にナイフを」 人食いヒグマを撃退した消防隊員の壮絶な独白

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「右太ももをかまれ、次に首を…」

 こうして細心の注意を払いながら山道を進み、7合目付近に差し掛かった頃だ。

「一番後ろにいた私が何気なく振り返った、その時です。四つ足を踏みしめ、のっそりとクマが曲がり角から姿を現した。体長は1.7メートルくらい。音もなく忍び寄ってきて、自分から5メートルもない距離でした。“クマだ”と声を上げましたが、刺激しない方がいいとの知識もあったので、にらみ合いながら、徐々に後退することを選択しました」

 しかしヒグマはまるで意に介さず距離を詰めてきた。

「三人で“おいっ!”などと大声を出して威嚇しましたが、クマは止まりませんでした。また、ポケットからピストルを取り出して、計3発鳴らしたのですが、まったく怯む様子もなかった。見つけてから10秒くらいですかね。まずいと思い、木の陰に逃げ込もうとしたその瞬間、クマが突進してきて、左手の爪で右太ももを引っ掻かれるように引き倒されてしまって……」

 船板さんは必死に抵抗を試みたという。

「かまれまいと両足でクマの顎(あご)を蹴り上げたり、足を突っ張ったり。それでも、右太ももをかまれ、次に首をかまれた。その時は必死で、死ぬかもしれないと考える余裕もなかった。目の前に爪、牙があって。致命傷にならないようにと、もがくので精一杯でした。時間にしたら10~20秒かもしれませんが、体感ではもっと長く感じました」

急所の目を

 突然の危機に唖然とする同僚たち。

「一瞬の出来事で、クマが船板にどう襲い掛かったのかは分かりませんでしたが、気付いたら彼がごろんと地面に転がり、クマに覆い被さられていました」

 そう明かすのは大原さんである。ここですぐさま彼は意を決した。

「とっさに急所の目を狙うしかないと思った」(同)

 唯一の武器は刃渡りわずか5センチのレジャーナイフ。函館市内のホームセンターにて、約千円で購入したものだ。それを右手で握り締めると、クマの右目に狙いを定めた。

「刺しに行く瞬間、怖さを感じる余裕はありませんでした。とにかく船板を助けなくては、という一心で」

 だが、その一撃は致命傷を与えるには至らなかった。

「右目にナイフを刺そうとしたのですが、カツンと音がして跳ね返った。たぶん、目の周囲の骨に当たってしまったのだと思います」

 ヒグマの反応は速かった。船板さんから身を離すと、即座に大原さんに襲い掛かってきたのである。

「右の前足で足を払われて、自分が尻餅をついて倒れたところに、クマが圧(の)し掛かろうとしてきた。そこで自分はクマの顎を左足で押しだし、ともえ投げのような体勢を取った。数秒の間、その状態で膠着(こうちゃく)したものの、クマも負けじと顔をグーッと押し付けようとしてくる。同時に爪が太ももの裏あたりに食い込んで、太ももの肉ごと持っていかれそうになりました」

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