【袴田事件・初公判】検察は名前も明かさない御用学者7人の「共同鑑定」にすがるしかない…そして裁判所に絶対に否定させたいコトとは
証拠提出できない「唯一の採用調書」
閉廷後、「袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会」(楳田民夫代表)の山崎俊樹事務局長の司会で記者会見が行われた。
ひで子さんは改めて意見陳述書を読み上げた。そして「巖は無実だから、無罪というしかない。最後はね、やっぱり声が震えてきた。自然に声が震えてきた」と打ち明けた。
この日、着ていたベージュ色のスーツについて、ひで子さんは「(2014年)3月に静岡地裁で再審開始決定があった時、着ていた服なんです。その時以来、着ていなかったので、今日、着てきました」という。
この日も、いつものように巖さんには裁判の話はせず、「ちょっと静岡に行ってくる」とだけ言って自宅を出てきたという。
質疑で裁判について問われたひで子さんは「私もね、90歳になって初めて。のんべんだらりんとやっているので57年かかったのかなと思いました。もっとさっさとやってくれるといいんですよね。なかなかそうもいかないようで、今日、検事さんの言うことを聞いていて、これじゃ57年もかかるわけだわと思いました」と話した。朗らかな話し方の抑揚がおかしく、隣の小川弁護士はひで子さんの肩を叩いて大笑いしていた。
西嶋勝彦弁護団長は「4人がそれぞれどの部屋で殺されたのかを聞いたら、検察の返事は『居住空間です』でした。言葉を作りますね。感心しました」と皮肉った。
調書44通が排除された理由
記者からの質問が終わると、司会の山崎事務局長が弁護団に「検察が自白調書を証拠提出しないのは拷問など強制があったことを認めたからでしょうか」と尋ねた。小川弁護士は「信用性はないと見たからでしょうけど、強制を認めたのではないと思う」と語り、田中薫弁護士は「(一審は)44通を排除し、残り1通だけを採用しましたが、それも犯行時間がおかしかったり、録音テープが出てきて使えなくなったためだと思います」と話した。
原審の静岡地裁は、45通の供述調書のうち44通を証拠排除し、吉村英三検事の1通だけを採用した。44通を「任意性がない」、つまり暴力や強制、姦計などで言わせただけということから、そうした調書を証拠採用しなかったことは一見、裁判官として「まっとうな行為」に思われるかもしれない。しかし、筆者はそうではないとみる。
そもそも、29通の警察調書と15通の検察調書を排除して、吉村検事が要領よくまとめた調書1通だけを採用し、それを根拠に有罪認定するなどという刑事裁判があるだろうか。
初めから裁判官(熊本典道裁判官 以外の2人、石見勝四裁判長と高井吉夫裁判官)が巖さんを有罪と決めてかかっていたからこうなる。44通を一部でも証拠採用してしまったら公判で弁護側から調書の任意性や信用性を突かれる。「言わされた」という任意性の問題だけではない。
浜田寿美男・奈良女子大名誉教授(発達心理学・法心理学)が『袴田事件の謎――取調べ録音テープが語る事実』(岩波書店)で指摘する通り、巖さんが事件を全く知らないからこそそうした供述になるという「無知の暴露」が、44通の調書のあちこちに散見するからだ。事件を知らないからこそ出る供述であることは警察調書を読み込んだ裁判官ならわかるから、審理の対象にならないように証拠排除してしまうほうが有罪にしやすい。それゆえ石見裁判長らは、吉村検事が「創作」した調書1通だけを残したのだ。
吉村検事は公判での証人尋問で「警察調書の影響は受けてはいない。白紙の状態で取り調べた」と述べたが、それが嘘であることも裁判官にわからないはずはない。
原審で唯一「まっとうな供述調書」であり有罪の論拠とされた証拠を、今回、再審の場で検察が証拠提出できないことは誤判を認めたのと変わらない。検察幹部は「供述調書はなくても他の証拠で有罪立証できる」と新聞記者に語っているようだが、お手並み拝見である。
今回の再審で特徴的なことは、確定審で検察が出していた証拠が再審請求審で根拠薄弱が露呈し、使えなくなったことである。角替弁護士は「(確定審は)雨合羽を脱いだとしたけど、(今回の公判では)着たままの犯行にした」
また、巖さんが奪った金の使途を立証できなかった検察は、松下文子という従業員女性に巖さんが金を預けたとしていた。しかし、再審請求審でそれが不自然だということが分かってその理屈も使えない。五点の衣類のうち、ズボンがB型だったので巖さんが履けていたとしたが、B型というのはサイズを表すのではなく、色を示すものだと分かり、これも証拠として使えなかった。
検察は事実上、これだけ重要な鑑定を依頼されながら誰一人として名を明かさない7人の「御用学者」らが「赤みが残ることがある」としてくれる共同鑑定書にすがるしかない。何としても裁判所に「捜査機関の捏造」だけは否定させたいからだ。
半世紀を振り返れば、袴田事件では当初の弁護人が「警察が捏造をするなどありえない」としてしまったのが決定的な失敗だった。弁護団は冒頭陳述で弁護士の責任にも言及したが、具体的ではなくとも弁護瑕疵を陳述書に書くことは稀有だ。それを問うと、小川弁護士は「最初の弁護士の責任は否できないが、再審の場で責任追及するわけではない」などと答えた。
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