天才・堀内恒夫がV9時代の日本シリーズ“奇策合戦”を明かす
江本をブルペンスタートさせる作戦
通常なら初戦に先発するはずの江本はブルペンスタート。ここぞという場面でのリリーフに備えた。その作戦が見事に当たった。序盤、阪急に2点先制を許したものの、3回までに逆転し4対2。最後は江本が締めて先勝した。
第2戦は5回を終えて1対8とリードを許した。これは想定内。終盤追い上げて7対9と善戦したのは出来過ぎだった。
勝負は第3戦。江本が先発完投して6対3で勝った。
第4戦は阪急に気持ちよく打たれて1対13。これも計算のうちだった。
そして第5戦。山内新一、佐藤が好投して阪急打線を8回まで零封。0対0の9回表にスミス、広瀬叔功の連続ホームランでリードした。その裏、2死から佐藤が当銀秀崇のホームランで1点差に迫られると、江本がマウンドに上がった。江本は期待どおり、代打・高井保弘から三振を奪い、日本シリーズ進出を勝ち取った。
「日本シリーズはおまけ」
戦前、大方の予想は「阪急の3勝0敗」。なぜなら、この年の阪急はチーム打率、本塁打、防御率すべてトップ。個人成績も加藤秀司が首位打者、長池徳二が本塁打王と打点王、福本豊が盗塁王と最多安打、米田哲也が最優秀防御率、エース山田久志は米田とともに15勝。そして何より、後期の対戦成績が阪急12勝、南海0勝、引き分け1。南海は手も足も出なかった。それでも野村の策が当たり、江本の好投もあって阪急を下した。
「日本シリーズはおまけみたいなものでね。巨人に勝とうなんて、そんな意欲はあまりなかった。だって、阪急に勝って3日後には日本シリーズが開幕。準備する暇も体調を整える余裕もなかったんだから」
と、江本が教えてくれた。南海は後期の戦績を見ればありえない“打倒・阪急”を果たして燃え尽きていた。第4戦、5戦に快勝し巨人はV9を達成。その殊勲者はこうして見ると、強敵・阪急の日本シリーズ進出を阻んだ南海だったのかもしれない。
球史にさんぜんと輝く9連覇を生んだ勝負のあやは、いろんなところで織りなされている。
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