自動運転の時代をセンシング技術で支える――村上雅洋(日清紡HD社長)【佐藤優の頂上対決】
ブレーキからセンサーへ
佐藤 かつて隆盛を誇った繊維会社は、産業の衰退とともに、どこも他分野に進出して事業を多角化しました。業界ごと変化してきたといえるかもしれません。現在の主力事業はブレーキと無線・通信、マイクロデバイスだそうですね。
村上 いまは「エレクトロニクスの会社」と言っていいと思います。ブレーキ事業の割合が大きく、3割ほどあったのですが、先般、ルクセンブルクにある子会社TMDをドイツの会社に譲渡することにしました。今後は現在の半分以下の割合になるでしょう。
佐藤 それは今後の会社の方向性を決める大きな決断でしたね。
村上 ブレーキの摩擦材については私どもが世界のトップシェアをいただいていました。ただ、これから自動車が電動化、自動化していくと、ブレーキも大きく変わらざるをえない。
佐藤 どういうことですか。
村上 もちろん、今後も物理的に車を止める機能は残ります。ですが電子的に制御された車になると、モーターに車輪回転力を与え、発電しつつ減速する回生協調ブレーキが大きな役割を果たします。つまりブレーキの摩耗が少なくなる。そうすると30年、40年後に、市場が縮小するのは間違いありません。だからブレーキ事業は成熟期に入ってきたと判断しました。
佐藤 ただ、売却したのは外国の子会社で、日本のブレーキ事業は残っていますね。
村上 ええ、ブレーキ事業をやめてしまうのではなく、今後の自動運転時代に環境適応するブレーキ摩擦材を作り出していきます。事業としては長くやっていきたい。
佐藤 なるほど、先ほどの繊維事業の展開と似ていますね。
村上 今後、車は自動運転化されるなど大きく変わっていきます。そしてそのうち、空を飛ぶでしょうね。
佐藤 ドローンを使って、あちこちで研究が行われています。
村上 そこで何が重要になるかといえば、センサーです。道を走る車にしても、空飛ぶ車にしても、公共空間を高速で走る重量物に変わりはない。だからうまく制御できなければ、事故が起きます。それを防ぐにはセンサーのデータを数値化して分析するセンシングの技術が必要です。
佐藤 そこが自動運転普及での最大の難所です。
村上 コネクトエブリシングと言われますが、車と車が通信するだけでなく、車と信号機や標識、周りにあるさまざまなものとつながっていかないと事故は起きます。その際、通信だけではダメで、レーダーもカメラも必要になる。さらには音波センサーもあった方がいい。そうしたものをすべてフュージョン(統合)させて解析をし、最適な答えを出していくことが求められます。
佐藤 それぞれ得意な分野やカバーする領域が違うわけですね。
村上 その通りで、カメラは目がいいけども距離が測れない。無線は距離は測れるけども周囲が見えない。でもこれらを組み合わせれば、強い武器になります。
佐藤 なるほど、そうした見地から同じ車でもブレーキから無線・通信事業に力点を移していく。
村上 はい。通信にはいろいろな可能性があって面白いですよ。近年、5G、5Gと言われてきましたが、実は使いこなすことが難しいんですね。瞬時に大容量のデータは送れますが、ビルの裏側ではつながらないなど、電波があまり遠くまで飛ばない。でもそれはセキュリティーという観点から見れば、利点なんです。5Gで閉じたネットワークが作れる。
佐藤 電波が漏れない。
村上 ええ、私どもは千葉県にブレーキのための車のテストコースを持っていて、群馬県にその開発拠点があります。これまでテストコースのデータは集計して送っていたのですが、ローカル5Gを利用すれば、走っている最中にデータを送ることができる。しかもデータ流出の心配もない。
佐藤 遠くに飛ばないことが価値になったわけですね。
村上 それでいま、首都高速道路でローカル5Gの無線通信エリアを構築し、セキュリティーを担保しつつ、渋滞緩和や事故処理、災害対応などに対処する実証実験を行っています。
[2/4ページ]