自動運転の時代をセンシング技術で支える――村上雅洋(日清紡HD社長)【佐藤優の頂上対決】
24カ国、128社。繊維を祖業とする日清紡HDは、時代や環境に合わせて他分野に進出し、現在は巨大なエレクトロニクス企業グループとなっている。そして今後の中核には、自動運転関連事業を据える。「何をやっているかわからない」と言われるほどに変わり続ける会社の根本理念と事業転換の極意。
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佐藤 日清紡HDは、馬やカワウソ、ハシビロコウなどの動物を使った「名前は知っているけど、何をやっているかは知らない」というコマーシャルでおなじみの会社です。
村上 ありがたいことに、一連のコマーシャルはご好評をいただいております。動物が好きな人は多いですからね。
佐藤 コマーシャルでは実際に何をやっているかは触れないままに、最後に「いま、必要な会社」とだけテロップが出てきます。本日は、その具体的な事業内容についてお話を伺いにまいりました。
村上 どうかよろしくお願いします。
佐藤 もっとも私は、御社の製品の愛用者なんです。母校の同志社大学で講義をしているため、東海道新幹線をよく利用するんですね。すると、車内の電光掲示板で広告が流れるほか、グリーン車では日清紡の綿製のおしぼりが配られる。
村上 よくご存じですね。
佐藤 私は6月に腎臓移植手術を受けました。このためしばらく入浴できない時期があり、そこで思い出したのが、あのおしぼりでした。ネットで探してみると「めんです」という商品名で売られていた。すぐに取り寄せて、しばらくの間、体を拭くのに使っていました。少し温めて拭くのですが、肌触りが非常にいい。
村上 あのおしぼりは、オイコスという綿100%の生地から作られています。一般的な綿生地に使用されている接着剤や蛍光染料はいっさい使われていません。
佐藤 確かにまったく品質が違いました。また非常に丈夫で、洗って何回か使える。
村上 医療現場でも使われているんですよ。ただ一般に売るには値段が高すぎて、なかなか市場が広がっていない。天然繊維由来ですから、いまの時代には必要とされているものだと思っていますが。
佐藤 日清紡の祖業は、その繊維ですね。
村上 はい。1907(明治40)年に繊維の会社として始まりました。それから116年がたちましたが、いまも繊維を手がけています。規模はかなり縮小したものの、環境に貢献できる繊維の研究では先頭を走っているんですよ。
佐藤 どんな研究ですか。
村上 繊維から繊維をリサイクルする技術です。リサイクルというと、よくペットボトルを回収してポリエステル繊維を作りフリースにする話が紹介されますが、これは石油由来のものを溶かして再利用することですね。私どもが研究しているのは、綿100%のシャツを溶かしてファイバー(繊維)にし、もう一度、リサイクルシャツの生地にすることです。これは世界で初めての試みです。
佐藤 綿花の栽培は、多量の水が必要ですし、土地にも負担をかけますから、画期的な技術ですね。
村上 ええ、確かに綿花畑は、水を使う、農薬を使う、だから環境に優しくないとされています。グローバルな視点では、石油素材のポリエステルより綿100%の方が環境に悪いとさえいわれる。ただ一回収穫して、何度も繰り返し使えるようになれば、話が違ってきます。
佐藤 この技術の開発には、どのくらい時間がかかっているのですか。
村上 もともとケミカルの事業で、イオン液体という特殊な液体を研究開発していました。それが綿に応用できると気が付いた。ですからフラスコレベル(実験段階)だと2年ほどで、パイロットプラントができたのがこの春です。回収したシャツを原料として、再びシャツを作るところまで、年内に完了させたいと思っています。
佐藤 いま全体の事業における繊維の割合は、どのくらいですか。
村上 もう1割を切っていますね。
佐藤 そこから画期的な技術が生まれてくるのはすごいことです。
村上 単に安いものをたくさん作るという形の事業だと、他の国に生産拠点を移すしかありません。まさに繊維はそうで、弊社はインドネシアに工場を移転させました。ただ、コアな研究機関は日本に置く。そこで世の中に必要とされる技術を作り出し、競争力を高めていけば、その市場でステイタスを築けます。
佐藤 繊維はそうした形で、事業の中に残っているのですね。つまり時代に合わせて、現在の事業体制ができている。
村上 他の事業も同じです。さまざまな事業があり、「何をやっているかわからない」ように見えますが、その時、社会に必要とされる事業を展開する。事業活動を通じて社会に貢献すれば、どんな形でも、どんな事業でもいいのです。
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