阪神、38年ぶりの日本一! 1985年は“劣勢の下馬評”をひっくり返す…川上哲治、星野仙一は「4勝2敗」で西武有利と予想

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伝説の“バックスクリーン3連発”

 プロ野球日本シリーズは、岡田阪神がオリックスを4勝3敗で下し、1985年以来38年ぶり2度目の日本一を達成した。85年の阪神は、現役時代の岡田彰布監督がランディ・バース、掛布雅之とともにクリーンアップを打つ強力打線を看板に21年ぶりのリーグV。日本シリーズでは、広岡達郎監督が率いる“管理野球”の西武と対決した。阪神が球団初の日本一を実現した38年前の頂上決戦を振り返ってみよう。【久保田龍雄/ライター】

 1985年の阪神は、リーグトップのチーム打率.285とリーグ新の219本塁打をマーク。猛打で相手をねじ伏せる豪快な野球は、これまでの「優勝の陰に好投手あり」の“常識”を打ち破るものだった。

 同年の大洋の3番打者で、58盗塁を記録した屋舗要も「5点ぐらい取っても平気でひっくり返されるからね。こっちが足を使って一生懸命点を取っても、ガツーンとホームランでいかれる。悔しかったですよね」と回想している。

 バースの54本塁打を筆頭に、掛布が40本、岡田が35本、1番・真弓明信も34本と30本塁打以上を記録した打者が4人。4月17日の巨人戦でバース、掛布、岡田のクリーンアップトリオが記録した“バックスクリーン3連発”も伝説になった。

 2リーグ制以降、阪神は2度日本シリーズに進出していたが、1962年は東映、64年は南海に敗れ、この時点で12球団中、日本一の経験がないのは、阪神と近鉄の2球団だけだった。

下馬評を覆した主砲・バース

 通算3度目の日本シリーズの相手は、2位・ロッテに15ゲーム差のぶっちぎりVを達成した西武。打線の破壊力では阪神に軍配が上がるが、西武は12球団トップのチーム防御率3.82と投手陣が安定し、攻守ともバランス良くまとまっていた。

 シリーズ前の予想も、川上哲治氏、星野仙一氏が「4勝2敗で西武」としたのをはじめ、西武が断然有利。OB・村山実氏らの阪神有利予想も「4勝3敗」とやや控えめながら、前出の星野氏が「阪神が勝つケースは、最初に連勝すれば可能性が出てくる」(10月25日付・日刊スポーツ)と予想していたのが、暗示的で興味深い。

 そんな劣勢の下馬評を覆したのが、主砲・バースのバットだった。

 10月26日の第1戦、0対0の8回無死一、三塁のチャンスに、「左対左」を苦にせず、工藤公康から左越えに流し打ちの決勝3ラン。翌27日の第2戦でも0対1の4回に左越え逆転2ランを放ち、守っては7回1死一、三塁のピンチに同点スクイズを阻止と、2戦連続で勝利のヒーローになった。

 だが、舞台を甲子園に移した第3戦、4戦は、いずれも試合巧者の西武が接戦を競り勝ち、2勝2敗のタイに。阪神はバースがシリーズタイの3試合連続本塁打を記録したものの、4試合のいずれも自慢の打線が今ひとつかみ合わない。吉田義男監督は「2試合とも西武が“らしい野球”をしてましたからね。こっちもしっかりしなきゃ」と巻き返しを誓った。

 そして、10月31日の第5戦が分岐点となる。西武の先発は、意外にもシーズンで3勝の小野和幸だった。

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