巨人V9から半世紀 当時の主力・柴田勲が語る「年俸の裏側」と「伝説のサヨナラ3ラン」
柴田の何を警戒した?
だが、先頭の代打・萩原康弘を三振に取った後、1番柴田に四球を与えた。
「なぜ柴田さんに四球を与えてしまったのか。振り返れば、確かに少し慎重になっていた。なぜそんなに慎重になったのか……」
山田は、改めて答えを探すように少し黙った。
「柴田さんの足を警戒したのですか?」
尋ねるとすぐ「いえ、足じゃありません」と否定した。「あの場面は塁に出ても盗塁はないでしょう。足はそれほど意識しなかった」
「ならば柴田さんの何を?」
聞くと山田は答えた。
「長打力かな。柴田さんには長打がある。それが怖くて慎重になったんだと思う」
長打を警戒した結果、山田はこの日初めての四球で柴田を出塁させた。攻撃に入る時、王が柴田に「何とか塁に出てくれ」と声をかけたと語られている。高く足を上げた後、潜るように上体を沈める山田独特のフォームが、一本足の王にはえらくタイミングが取りにくい。
(セット・ポジションならタイミングが取れる)
それで柴田に出塁するよう頼んだとされる。これを柴田に聞くと、
「記憶にありません」と言うから、それは王の思いだったのかもしれない。
「いるはずの阪本さんが…」
山田は、高田に代わって2番に入っていた左の柳田俊郎をライトフライに打ち取って2死になった。
「あとひとりや、もう勝ったと思っていた」
とセンターの福本が言う。山田も、2死一塁で迎えた3番長嶋にそれほど怖さを感じなかった。
柴田が言う。
「あの時、盗塁のサインが出ていたので、僕は走ったんです。そしたら、長嶋さんが打った。後で、『柴田、あれエンドランのサインだったの?』と長嶋さんに聞かれましたが、単独盗塁のサインでした」
柴田が走って長嶋が打つことはよくあった。
「盗塁のサインは、牧野さんと僕しかわからなかったから。いい球が来れば長嶋さんが打つのは当然」
長嶋の打球は投手・山田のすぐ右を抜けた。
「無理にグラブを伸ばせば捕れた当たりでした。ボテボテのショートゴロ。その瞬間、阪本さんが捕ってセカンドにトスしてゲームセットの光景が頭に浮かんだので、私は無理をしなかった。ところが、振り返るといるはずの阪本さんがいなかった」
力ない打球が、懸命に追いすがる阪本のグラブの先を抜けた。
名手・阪本は〈長嶋はカーブを引っ掛けて三遊間にゴロを打つことが多い〉というデータを頭に入れていた。それで岡村浩二捕手がカーブのサインを出したのを見てあらかじめサード方向に守備位置を変えた。さらに、長嶋が強振した瞬間、サード方向に一歩動いてしまった。データに頭が支配され、普段ならありえない動きをしてしまったのだ。
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