誤嚥性肺炎を防ぐのに「歯みがき」よりも有効な方法がある 1日1回、30秒の手間をかければ
誤嚥性肺炎は、日本人の死因第6位にランクインし、死亡者の97%が70歳以上と、いまや高齢者にとってがん・心疾患・脳血管疾患の3大疾患にも劣らぬほどの大きな死亡リスクとなっている。
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がんなどの治療法が進む一方で、高齢化が進むこととリンクして、今後も誤嚥性肺炎での死者数は増えるとみられている。ちなみに、今年1月に亡くなったYMOの高橋幸宏さんも死因は「脳腫瘍により併発した誤嚥性肺炎」だった。
そんな「死の病」を予防するために何か手立てはないのか。
10カ所の介護施設で「誤嚥性肺炎入院ゼロ」を達成したという口腔ケアのプロ・精田紀代美氏が伝授する予防法の一部を紹介する(以下は、『名医・専門医に聞く すごい健康法』〈週刊新潮編〉所収「口腔ケアの盲点『舌そうじ』で誤嚥性肺炎をゼロに」をもとに再構成したものです)。
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「むせるな!」は不可能
唾液と一緒に食べカスが、あるいは口の中の細菌が気管から肺へと流れ込み、それが蓄積し、炎症を起こして肺炎に――。
今や日本人の“メジャーな死因”となっている誤嚥性肺炎。近年、とりわけ物を飲み込む嚥下(えんげ)機能が衰えた高齢者にとって、この肺炎は大きな恐怖の対象になっています。
しかし誤嚥と、それに伴う「むせ」は、高齢者に限らず、老若男女誰しもが避けることはできません。「むせるな!」と言ったところで、そんなことは誰にもできないのです。
ならば、誤嚥性肺炎を防ぐにはどうすればいいのか。誤嚥しても肺が菌まみれにならないように、口腔環境を清潔に保っておけばいいわけです。いくらむせを招くような誤嚥をしたとしても、肺に流れ込む“ゴミ”が少なければ、肺が炎症を起こすまでには至らないからです。
すると皆さん、歯みがきを熱心にすることで口の中をキレイに保とうとしがちです。しかし、この“常識”は必ずしも正しいとは言えません。なぜなら、口腔内で細菌が一番繁殖しているのは、歯ではなく舌だからです。つまり、誤嚥性肺炎を予防するために最も有効な口腔ケアは、「歯みがき」ではなく「舌そうじ」なんです。
「なんだこの臭いは」
2009年、増加の傾向が見られていた誤嚥性肺炎の死者数を前にして、厚生労働省は重い腰を上げ、正式に誤嚥性肺炎を減らす対策に乗り出しました。その流れのなかで、歯科衛生士事務所の代表を務めていた私のところにも、高齢者施設での口腔ケア指導という仕事が回ってきたんです。
指導を始める前に、まずは施設の実態を知っておこうと見学に行ったところ、すぐにある異変に気が付きました。
「なんだこの臭いは」
施設に足を踏み入れた途端、悪臭が鼻をつき、気分が悪くなって5分と室内にいられないほどでした。
入居者は高齢者ですから、オムツの悪臭かもしれないとも思いましたが、どうも違うような気がする。ひょっとしたら、これは口臭ではないか。そう思って何人かの入居者の口の中を見せてもらったら、歯はそれほど汚くありませんでした。一方で、とにかく舌が汚れていた。
「キレイな舌」というと、ピンク色を想像するかもしれませんが、生まれたばかりの赤ちゃんの舌は肌色をしています。実際、適切な口腔ケアを行い、長生きされた高齢者、例えばあの有名な「きんさん、ぎんさん」の口腔内の写真を見たことがあるのですが、やはりキレイな肌色をしていました。
ところが、見学で訪れた施設の高齢者の舌は「舌苔(ぜったい)」が生えて白くなっていたり、茶色かったり、黒かったりしました。そうした汚い舌を放置しておくと、最終的には舌の奥に黒い毛が生えたような状態になることもあります。
日本人は世界一とも言えるほど清潔好きで、丁寧に歯みがきをしている人は多い。実際、自宅に限らず、職場でも昼食後に歯みがきをしている人を見る機会は少なくないのではないでしょうか。しかし、同じ口の中でも舌をキレイにしている人はそれほど多くありません。口腔ケアの“盲点”だと感じました。
「歯ブラシでそのまま舌みがき」はNG
そもそも、歯が汚いせいで誤嚥性肺炎になるのであれば、歯が抜けてなくなった人もいる高齢者が誤嚥性肺炎に多く罹ることは説明がつきません。やはり誤嚥性肺炎の予防のポイントは舌にあるのではないか。誤嚥性肺炎の元となる歯周病菌は、歯ではなく舌のほうに溜まっているのではないか――。
そう考え、私が口腔ケア指導を受け持っていた10カ所の介護施設に、舌そうじをしてもらうように指導を開始。1カ月後に訪ねてみると……。あの悪臭が見事に消えていました。そして、舌そうじに徹底して力を入れてもらいつつ、徐々に歯みがきや入れ歯ケアにも注力してもらったところ、半年後に、ある施設から誤嚥性肺炎による入院がゼロになったという報告を受けました。そして続々と、他の施設からも同じ報せが届いたんです。
それではこれから、実際に私が施設でどんな舌そうじを指導してきたのかを説明していきたいと思います。自宅でも無理なく継続できることが大きなポイントです。
まずは道具について。
歯をみがいたついでに舌そうじ。そう考えるとそのまま歯ブラシで舌そうじをしがちですが、これは止めてください。歯ブラシの毛はナイロン製のものがほとんどで、そのナイロンの毛が舌の襞(ひだ)の中に刺さり、襞がめくれ、舌が赤くテカテカになります。舌の表面にあるブツブツ、すなわち味覚を司る器官である味蕾(みらい・イラスト参照)の細胞を傷つけてしまっているのです。
一見キレイになったように映りますが、これは明らかにやり過ぎです。味覚障害につながると同時に、舌に傷を負っている状態なので、食べるたびに沁みるという弊害ももたらします。
ゴムや布、さまざまなものでの舌そうじを検証した結果、味蕾を傷つけずにキレイにそうじできるのは、シリコン製、正確にはエラストマー樹脂製のタンクリーナーだという結論に辿り着きました。舌ブラシとも呼ばれるもので、やわらかくて舌を傷つけない上に、ドラッグストアに行けば1本数百円程度で購入できる手軽さに加え、あまり劣化しないので数年間使い続けられるメリットもあります。
1日1回、所要時間は30秒
次に舌そうじのやり方について。
エラストマー樹脂製のタンクリーナーを水で濡らし、有郭乳頭(ゆうかくにゅうとう)と呼ばれる舌の奥側(イラスト参照)に当てます。味蕾細胞は舌全体で約7000個ありますが、有郭乳頭に3000個ほど集まっている。つまり、味蕾細胞の半数近くがここに集中していることになります。加えて、ちょうど鼻腔の真下に位置するため、鼻から吸い込んだ細菌が落ちて溜まる場所でもある。したがって、なによりもここをキレイにする必要があるのです。
有郭乳頭から舌の先端に向かって、味蕾を傷つけないようにタンクリーナーをゆっくり滑らせます。そうやって、まず舌の中央部分をキレイにしたら、水を入れておいたコップでタンクリーナーをすすぎます。すると、水の中に白いネバネバが浮いているのが見えると思います。これは食べカスではなく、口腔内に繁殖したカンジダ菌です。カンジダ菌は歯周病菌のエサとなります。
中央部分をそうじしたら、右側、左側と同じように繰り返す。舌の裏側などはツルツルで、傷つけてしまうだけですからそうじする必要はありません。
ここまででかかる時間はせいぜい30秒程度。しかし、これだけでもコップの水の中に白い濁りがかなり浮いているはずです。つまり、カンジダ菌を充分にそうじできているわけです。この舌そうじを続けていくことで、1回ごとにコップの水の中に浮く白い濁りの量が減っていくことが実感できると思います。
無理のない範囲でということで、施設ではこの舌そうじを週2回から始めてもらいました。実際、これだけでも効果が表れました。とはいえ、これは介護施設の職員さんが要介護状態の入居者の舌そうじをする前提で、持続可能性を考えて職員さんの負担を減らすために提案した回数です。できれば1日1回やってもらえればと思います。適切な舌そうじによって、口腔内のばい菌を80%取り除けるという研究もあるようです。
※『名医・専門医に聞く すごい健康法』〈週刊新潮編〉から一部を再編集。