インバウンドの回復をよろこんでいる場合でない その陰で起きているもっと怖いこと

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円高でも訪れたい日本にするしかない

 アベノミクスの「矢」のひとつとして、日銀が打ち出した異次元の金融緩和策により、1ドル=80円程度だった円は急激に安くなって、いまは150円に近い。その結果、輸出産業の利益は大幅に増加して株価も上昇したが、濡れ手で粟の利益を得た日本企業は、以来10年も続く異次元緩和の状況下で、技術革新を放棄してしまった。

 このような異次元の政策が継続されなければ、日本の輸出が増えるにつれ円高に反転して、利益を上げにくくなった企業の技術革新がはじまっただろう。これまでも、それを繰り返しながら日本経済は成長してきたのに、異次元緩和はその芽を奪ってしまった。

 インバウンドも同様である。これほどの円安が続けば、割安感が得られる日本に外国人が押し寄せるのは当然だ。しかし、安定的かつ継続的なインバウンド需要を得られるようにするためには、為替レートがどうであれ日本を訪れたいと思う外国人が増える、魅力的な日本にすることが必須だが、円安が続いているかぎりだれも努力しない。これでは長期的視点で見たとき、インバウンド需要を望めない。

 たとえば、歴史的都市であれば、電線を地中化する(電線を見ることがほとんどない欧米とくらべ、電柱と電線がめぐらされた日本の光景は異常である)。史跡や歴史的建造物の整備や保存、復元を進める。街並みを保存する、そして整備や保存の方法を検討する。伝統的な産業の保存と振興をはかる。大規模資本の投入から街並みや景観を守る。こうしたことを推進するために、歴史的都市の景観保全に関する先進国である欧米各国を視察し、ときに提携することも必要だろう。

 いま挙げたのはわずかな例にすぎず、いずれも手間と時間がかかる。現在のように円安の恩恵で、黙っていてもインバウンド需要が増加し続ける環境下では、こうした努力は行われにくい。しかし、大切なのは円高になっても輝き続けるように、われわれの資源を磨き続けることのはずである。

 そのためにも日本は円高を志向しなければいけない。それによって物価を下げ、インバウンドをふくめた輸出が減ったら、回復させる努力を促すのである。それなくして日本の再生はない。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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