インバウンドの回復をよろこんでいる場合でない その陰で起きているもっと怖いこと

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 外国人観光客が増えた、という実感を抱いている人が多いのではないだろうか。実際、9月の訪日外国人観光客数は、日本政府観光局(JNTO)の推計で218万4300人に達し、2019年同月比で3.9%減。すなわち、コロナ禍以前の実績にほぼ並ぶところまで回復した。

 これで4カ月続けて200万人の大台を突破したことになる。ただ、私が9月や10月に京都や箱根を訪れたとき、あまりに外国人が多く、すでにコロナ禍以前を上回っているのではないかと思った。だから上記のデータに対し、意外と増えていないという印象さえ抱いたが、訪日した人数以上に外国人が多く感じられるのには理由があった。

 中国から日本への団体旅行が制限されていた影響で、中国人観光客が減少した一方、滞在日数が中国人のほぼ2倍と長い欧米人の訪日が増えたため、観光地は一目で外国人とわかる観光客で混雑するようになったのである。

 事実、外国人の延べ宿泊者数は、すでに昨年同月比を上回っている。このため、インバウンド需要の回復は観光客数以上で、9月までの3カ月に外国人観光客が日本国内で消費した金額は、コロナ禍の前よりも多い1兆3900億円にのぼり、過去最高を記録した。

 昨年10月、岸田総理は所信表明演説で「訪日外国人旅行消費額の年間5兆円超の達成をめざす」と表明。今年も9月に総合経済対策の策定を関係閣僚に指示した際、インバウンドの拡大策も項目に並べられていた。10月23日の所信表明演説で「なによりも経済に重点を置く」と強調した岸田総理が、インバウンドの拡大を視野に入れていることは疑いない。

インバウンド需要と反比例して消費は低迷

 問題は、外交人観光客の増加とインバウンド消費の回復が、円安に起因しているという現実である。

 10月30日現在、1ドル=約149円、1ユーロ=約158円という異常な円安に見舞われている日本。しかも、これだけ円安になりながら、円高に反転する見通しが立たない。日米の金融政策のスタンスがあまりに対照的で、金利差が開いたままだからである。なにしろ日銀は、総裁が植田和男氏に替わっても、マイナス金利を解除する姿勢を少しも見せない。

 いうまでもないが、円安が続くと輸出企業の利益は増大する。そして、インバウンド需要はGDPにおいては輸出に当たる。

 だから、岸田総理を先頭に政府がインバウンドの振興と需要の拡大をめざした結果が、数字になって表れているなどと思ってはいけない。いま外国人が日本に押し寄せ、気前よく消費しているのは、主として円安の賜物だと思ったほうがいい。そうであれば、このインバウンドの回復は到底よろこんでいられる状況ではない。なぜなら、インバウンド需要の増加に反比例して、個人消費が減少してしまうからである。

 日本の食料自給率は2022年度でわずか38%(カロリーベース)にすぎず、この数字はG7諸国の平均102%と比較しても極端に低い。食糧以外にも資源に乏しい日本が多くを輸入に頼っていることは周知の事実であり、円安が続けば消費者物価指数(CPI)が上昇するのを避けられない。それはそのまま個人消費の下押し圧力になる。

 岸田総理は来年6月に、1人あたり4万円の定額所得減税を行う考えを示している。賃金の上昇をめざすが、上昇するまでのタイムラグを減税で埋め、物価高に対応しつつ消費を喚起する、ということだろう。しかし、この政策はあまりにも安易で、根本的にまちがっている。

 すでに述べたように、現状のような円安が続けば、インバウンド需要は増えるが個人消費は減少する。だが、円安が円高へと反転すれば、インバウンド需要は減少する代わりに個人消費が増加する。どちらを選択すべきであるか、いうまでもないだろう。物価高が円安に起因しているのが明らかであるにもかかわらず、その原因は放置したまま、有権者にウケがいい減税を断行して将来にツケを回す。それが「なによりも経済に重点を置いた」結果であるなら、この国に未来はない。

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