“人質立てこもり”捜査はどう行われるのか 元捜査一課長、捜査員が証言、深川通り魔事件で川俣軍司に突入する緊迫の瞬間

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記憶に残る「深川通り魔事件」

 この事件は俗に「深川通り魔殺人事件」と呼ばれるが、川俣は中華料理店1階の8畳間に7時間も立てこもり、突入した特殊班(当時はSITの名称はない)に逮捕された。

「週刊新潮」2004年8月26日号では「秘録『警視庁捜査一課』の75年」と題した連載でこの事件を取り上げ、当時の捜査一課長以下、捜査に携わった特殊班員らが実名で証言を寄せている。

 捜査一課長だった清野力蔵氏はまず、店内の椅子やテーブルを外に出し、捜査員が動きやすい状態にした。捜査員と犯人との間は障子1枚のみ。障子をはさんだ8畳間の反対側には磨ガラス の窓があるだけで、外は裏通りになっている。特殊班の警部補だった小野田賢二氏は、川俣に気づかれないように小型の集音マイクを8畳間に忍び込ませ、室内の音を拾うことに成功する。小野田氏の証言はこうだ。

〈「とにかく状況を把握しないといけないんだけど、窓が磨ガラス だから内部の様子が分からない(略)隠しマイクが拾う音声だけが頼りでした。人質が “痛い”“キャーッ”という悲鳴が聞こえ、川俣が彼女に何をしているのか気が気ではありませんでした」〉

 中華料理店に隣接した不動産屋に指揮本部が設けられ、数人の捜査員がヘッドホンをつけ、マイクが拾う音に耳を傾けていた。清野氏が当時を振り返る。

〈「先着した捜査員の話では、川俣はずっと訳の分からないことを口走っているということだった。(略)ただ、同時に自分をクビにした数店の寿司屋の店主らを呼べなどという要求も繰り返していた」〉

 清野氏は投降するように説得することを特殊班係長に命じる一方で、要求に応じたとみせかけるために、特殊班の捜査員に寿司屋への変装を命じる。選ばれた一人が小野田氏だった。やがて川俣は「砥石を持ってこい。持ってこないと女を殺す」と要求。それに応じた後、清野氏は障子にいくつか開けておいた小さな穴から、8畳間の様子を窺った。

〈「川俣は砥石を左手で(人質の)背中にあてて、包丁を研ぎ始めました。彼女は恐怖のあまり絶叫していました。(略)川俣は彼女の肌を包丁の先でさするようにしたかと思うと、やがて背中に線を引くように傷をつけ始めたんです。(略)平然とした顔で幾筋もの傷跡をつけた。(略)切られた背中からは血が流れ、彼女は錯乱状態に陥りました。これはまずい、とにかく急がねばと思いました」〉(同)

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