歴代最長の「相棒」! 水谷豊が4代目のバディに反町隆史を選んだ理由

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 杉下右京役・水谷豊には、相棒は4代目まで、という思いがあったという。その4代目となったのは人事交流の名目で法務省から出向してきているキャリア官僚・冠城亘(かぶらぎわたる)、抜てきされた俳優は反町隆史だった。反町の演技を見て一目ぼれしたという水谷は、「彼と向かい合っているうちに、これが反町隆史という役者なのか、冠城亘というキャラクターなのか、境界線がぼやけていくことがある」と語る。

 反町がバディを務めたシーズン14から20までの舞台裏と、「5代目はいらない」とまで思った真意について、水谷が「こんなに自分の過去を振り返ろうとしたことは一度もなかった」と話す初めての著作『水谷豊 自伝』から抜粋して紹介する。

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 成宮のあとの4代目相棒に誰を選ぶか。模索していた時期のことだった。

「たまたま家でテレビをつけると、NHK土曜ドラマ『限界集落株式会社』の放送中でした。関東地方の奥地、人口50人ほどになった限界集落の止村に戻ってきた男が、有機農業で村おこしに挑む話です。5話で構成されたストーリーの何話目だったのか、目に飛び込んで来たのはソリ(反町隆史)の姿でした」

『限界集落株式会社』は15年1月31日から5話連続で放送された。主演は反町隆史。共演者は谷原章介、長山藍子、松岡茉優、寺田農、平泉成など。

「なにげなく観ているうちに、僕はすっかりソリの芝居に魅せられてしまいました。ドラマが終わるとすぐにテレビ朝日の桑田潔プロデューサーに電話をかけて、ソリがどれほど素晴らしい役者かを語りました。興奮気味だったと思います。そのあと、プロデューサーの皆さん全員が賛成してくれて、4代目の相棒に決まりました」

 甲斐享(かいとおる)は杉下右京が連れて来た相棒で、反町隆史は水谷豊が選んだ相棒だった。

 脚本の輿水泰弘は4代目を冠城亘と命名した。4人の相棒の名前に共通点があることを指摘したのは、同じく『相棒』の脚本家の戸田山雅司である。

 亀山薫、神戸尊(かんべたける)、甲斐享、冠城亘。全員の名前が「か」で始まり「る」で終わるのだ。

「相棒の名前はすべてコシ(輿水)が考えています。コシに確認したら、3代目の甲斐享までは気が付かなかったそうです。戸田山さんに指摘されて初めて分かり、冠城亘はその法則に従って名前をつけたと聞きました」

 冠城亘は、法務省から人事交流という名目で出向してきたキャリア官僚である。本来なら警察庁への出向となるのだが、警察の現場に興味があり、本人が望んでやってきた。

「冠城は法務省の官僚だから、警視庁内ではお客様というか、お荷物扱いされている。平然としているのは右京だけという設定も面白かったですね」

 冠城が初登場するシーズン14第1話「フランケンシュタインの告白」には、強烈な印象を残す俳優たちが出演している。服役中の受刑者・梅津源平役の井之上隆志と、同じく受刑者の美倉成豪役の小柳心である。

「井之上さんは、本当に素晴らしいと思った。あれはね、簡単にできる芝居じゃないんですよ。あの関西弁のリズムとか、あの長台詞の芝居をやり通すというのは、大変なことです」

 井之上が演じた梅津は、刑務官の横暴に怒り、法律を学んで得た知識で抗議する。

〈お前らのいじめの根拠になっとんは、戒護権の中の直接的維持作用ちゅう項目やろ。『被収容者が通常と異なる疑わしい行動をした場合、その者に質問し、また気をつけるよう注意し、さらに規律違反行為がある場合、調べ室に同行を命ずる指示をすることは刑務官の職務にとって当然である』。もっともや、異存はないで。ただし、文言通りに運用されとったらの話やけどな。お前ら拡大解釈しまくりやんけ〉(『相棒 season 14上』朝日文庫)

 水谷が感嘆した井之上の芝居は鬼気迫っていた。「劇団カクスコ」の創立メンバーで、舞台を中心に活動してきた井之上の長台詞は明瞭で淀みがない。

『相棒』に出演した15年にガンが判明した井之上は、2年後、56歳で永眠している。

「井之上さんとは、チャンスがあれば、ぜひまたご一緒したいと思っていた矢先でした」

 もう一人、梅津を慕う美倉役の小柳心は、刑務官にさんざん殴られたあとの面構えが実に不敵である。相手を射抜くような眼の光りも強烈だ。

「すごくいい顔をしているでしょう? 心さんはブラザートム(旧芸名・小柳トム)さんの長男で、弟の小柳友さんも、『相棒』に出演しているんですよ。二人とも素晴らしい。僕はドラマができ上がると観る側に回るので、右京との芝居で絡んでいなくても、いい俳優さんを見つけると嬉しくなる。ただ、しばらく前から、そういう人たちが出演できるような仕事が少なくなっていますよね。いい物を持っている人たちが力を発揮できない。スポンサーのビジネスターゲットが若い人に偏っているんです。残念な時代だと思いますね」

右京と冠城の距離

 右京は甲斐享の事件で上司としての責任を問われ、無期限停職処分になっていたが、第1話で職場復帰する。右京の捜査能力を評価していた甲斐峯秋の配慮だった。

「冠城君は法務省にすぐ戻ると思っていたのに、居ついてしまいましたね(笑)。ソリとは『相棒』の仕事が初めてだけど、本当にタフだと思いました。それとね、ソリは撮影が終わったらすぐに帰るんです。光ちゃんも早いと思ったけど、ソリはもっと早かった」

 反町が演じた冠城は、当初は右京との距離を測りかねている様子が見られ、「あなたの事、ミスター・デンジャラスと呼んでいいですか」などとおどけてみせたりする。

 その関係が強い絆に変わったことが分かるのは、シーズン18の第15話「善悪の彼岸~深淵」における二人の会話である。右京にはロンドン警視庁で研修を行ったときの相棒がいる。頭脳明晰で数々の難事件を解決してきた南井十(伊武雅刀)だ。様々な経緯があり、南井は、右京の相棒である冠城の命を狙うようになる。(以下は二人の会話の概要)

 右京 「君にお願いがあります。特命係をやめてもらえますか」

 冠城 「どういう意味ですか。場合によっては怒りますよ」

 右京 「君が特命係をやめれば、南井のシナリオから外れることになります」

 冠城 「むしろ好都合じゃないですか。向こうから近づいてくるのなら」

 右京 「相手は拳銃を持っています。なにかあってからでは遅いんですよ」

 冠城 「右京さんこそ分かっているんですか。(僕が)特命係をやめることは負けを認めているようなものです」

 右京 「勝ち負けの問題ではありません」

 冠城 「法と犯罪の問題だと言ってるんです! あれだけの数の人間を殺している男に俺たち警察官が屈したら、正義なんかどこにもないことになるじゃないですか!」

 右京 「でしたらひとつだけ条件があります。ここから出ないでください」

 二人がここまでの激しいやり取りをするのは初めてのことで、緊迫した状況が伝わってくる。水谷はもちろんだが、反町の口跡の見事さが際立つ。

「面白いのは、彼と向かい合っているうちに、これが反町隆史という役者なのか、冠城亘というキャラクターなのか、境界線がぼやけていくことがあるんですね。最後は人間同士で対峙することになる。そういう意味でもお互いに影響し合っている部分はあると思います」

 一方の反町は水谷との台詞のやりとりについて、こう語っている。

〈同じセリフでも、誰がどう口にしたかによって解釈は全然違うものになりますよね。当然、そのセリフの受けや返しも変わってくる。水谷さんが右京として口にした言葉だからこそ、亘だったらこう反応するだろう、こう返すだろうと、想像を広げることができるんです(中略)。水谷さんが度量深く受け止めてくれるからこそ、芝居の中で遊べるのは確かです〉(『オフィシャルガイドブック相棒─劇場版IV』ぴあ)

ソリはまさに「いい男」という表現が似合う男

『相棒』は毎年10月から3月までの放送で、撮影期間は7カ月に及ぶ。初代の寺脇は別にして、2代目以降の相棒たちは、プレッシャーを感じながらスタートした。

「光ちゃんもそうだった。ナリもそうだった。ソリも。みんな最初のシーズンの撮影が全て終わったときにね、必ず涙を浮かべますよ。そのくらい7カ月間の撮影は過酷なんです。日々芝居を作って、台詞を覚えて芝居してというのは。ましてや、すでにあるチームに入ってくるわけだから。精神状態もいろんなことになると思う。それを乗り越えて辿り着くから、ある種の感動が芽生えるんですね。特に最初の1年はインパクトが強い。終わったときに抱き合ったり、涙ぐんだりするのはみんな同じです。よくやったね、って」

『相棒』は通常の撮影の他に、シーズンの初回と元日と最終話の2時間超スペシャルの撮影が入る。スケールが大きくなるため、ハードなスケジュールが組まれるという。

「客観的に見ると大変なことで、精神がどこかに行きそうになるんですよ。しかもソリは、15年かけてすでにでき上がっている世界に、途中から入ってきた。心身ともにタフでなければ乗り切れません」

 水谷は「好きな役者さんはたくさんいる」というが、なかでも反町は特別だった。

「ソリは、人間性が素晴らしくて、人に温かく優しさを持っている。シーズン14がスタートした当初は、杉下右京と冠城亘のコンビがこんなに長くなるとは誰も想像していなかったと思います。終わってみると、密度の濃い時間を二人で過ごした印象だけが残っていますね。俗に『いい男』と言いますが、ソリはまさに『いい男』という表現が似合う男でした。一緒に仕事ができてよかったなと思うし、チャンスがあったら、またやろうねとなる。もちろん、相棒役だけでなく、他の出演者にもいい役者さんがいるので、同じ気持ちでいますが」

 シーズン15からレギュラーとして登場した警視庁サイバーセキュリティ対策本部の青木年男(浅利陽介)も、人気が高いキャラクターだ。彼は、警官でありながら警察嫌いで、かなりプライドが高く、特命係を潰してやろうと企んでいた。

「僕が浅利を好きなのは、彼が芝居を好きで好きでしょうがないように思えるところですね。『相棒』を6シーズンやって、この先も続けるべきか悩んでいるときには、僕のところに相談に来ました。彼が話したのは、芝居が好きであるが故の悩みでした。もちろんどっちへ進んでも不正解はないので『浅利が出した結論が浅利にとって正解だ』と、そんな話をしました。年を重ねてどんな役者になるのか、楽しみな一人です」

 そして21年11月、反町隆史がシーズン20をもって降板することが公式発表された。

「シーズン20の撮影に入ったとき、僕はソリと『ソリが望むのなら、この先も続けることはできるし、ここでいったん「相棒」を終わりにしたいということになってもいい』という話をしたんですね。『どっちを選んでもいい。それは俳優としての生き方だから。ソリがこの先をどう考えるかだ』と。ソリは7年目で(出演年数が)長く、次の世界を考えてもいい時期だと思っていたから」

 番組のプロデューサーもまた、水谷と同じ思いだった。水谷の話を聞いた反町は、シーズン20を区切りに特命係を去ることを選んだ。その際、水谷と番組スタッフは、反町がまたいつでも出演できるような設定を残そうと考えたという。

 シーズンの最終話「冠城亘最後の事件─特命係との別離」で、冠城が公安調査庁へ異動になることを知った右京は「もう少しだけ一緒にやりませんか」と話す。右京が相棒を引き留めるのは初めてのことだが、冠城は「最高のはなむけの言葉です」と答えて去っていく。

 反町隆史は、シーズン20で寺脇の6年半を抜き、歴代相棒の最長記録を達成した。

「ソリは『相棒』に加わったときに40歳を過ぎていて、ナリとは違って年齢的にも落ち着いた状態にいたから、ここまで長く続いたんです」

 全ての収録を終えて水谷と反町がテレビインタビューを受けたとき、反町は水谷に向かって、「ご飯をちゃんと食べて、早く寝てください……」と話し、ハンカチを取り出して涙を拭った。水谷が一日一食であることや、睡眠時間が短いことを気遣っていたのだ。

「寺脇、光ちゃん、ナリと順番に不仲説が出たけど、ソリだけは、時々、二人の仲の良さをマスコミに流していたので書かれませんでしたね」

※水谷豊・松田美智子共著『水谷豊 自伝』から一部を抜粋、再構成。

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