「ハマス奇襲」を見て韓国が慌てだした 「融和策が“北朝鮮奇襲”を呼ぶ」VS「“力による平和”こそ危険」の対立

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米国は4つの戦線で戦えるのか

――現実に目覚める韓国は、北朝鮮との対決姿勢を深める?

鈴置:そこは微妙です。韓国の左派には奥の手があります。「保守は主権と自尊のために戦おう、と言う。では、核を持った北朝鮮に勝てるのか」と国民に問いかける手があるのです。

――米国は韓国に対し「核の傘」の提供を約束しています。

鈴置:しかし、ウクライナに続き、中東にも戦火が広がった今、米国が第2次朝鮮戦争にまで関与できるのか、と考える人が増えています。

早速、ハンギョレも「米国は頼りにならないぞ」と言い出しました。「米国は3つの戦線で同時に戦えるのか」(10月24日、日本語版)や「イスラム勢力に攻撃される米軍…『第3の戦線』に巻き込まれるか」(10月26日、日本語版)です。

 「3つの戦線」とはウクライナ、中東、台湾を指します。いずれの記事も朝鮮半島には直接言及していませんが、米国が「3つ」を同時に戦えるかどうか怪しいとすれば「4つ目」の第2次朝鮮半島など、とても手が回らないだろうな、と普通の韓国人なら考えます。

――しかし、米国は韓国と同盟を結んでいます。そこがウクライナなどとは異なるのでは?

鈴置:米国民は戦争疲れしています。2023年9月7-8日、シカゴ・グローバル評議会が米国人を対象に同盟に関する世論調査を実施しました。

 「北朝鮮が韓国を侵略した際、米軍をもって防衛すべきか」との設問に対して、「すべきである」と答えたのは50%に留まりました。2022年調査の63%から大きく減っています。

 ちなみに「中国が島を巡る領土紛争で日本と軍事衝突したら?」との設問に「米軍により日本を支援すべきだ」と回答したのは、2022年の55%から2023年は43%に減っています。

トランプ再選なら在韓米軍撤収

――国民の意識はそうでも、米政府が韓国を見捨てるとは考えにくい……。

鈴置:トランプ(Donald Trump)前大統領が2024年の大統領選挙で再選されたら、状況は大きく変わるでしょう。トランプ氏は政権末期に「在韓米軍を全面的に引き上げよう」と側近に言い出しました。実現すれば、米国は韓国を守る意思がないと示唆したのも同然で、北朝鮮の挑発の可能性が一気に高まります。

 もともとトランプ氏は、米韓同盟は韓国を一方的に利するだけ、と考えていた。そのうえ、従北反日政策を繰り広げる文在寅政権に嫌気がさしていたのです。

 慌てたポンペオ(Mike Pompeo)国務長官がトランプ大統領に「韓国からの全面撤収は2期目の政権での最優先課題にしましょう」と先延ばしを進言、トランプ大統領も「そうしよう」と答えた――という経緯があります。

 同政権下で国防長官を務めたエスパー(Mark Esper)氏が「A Sacred Oath」の548-549 ページで証言しています。

 韓国の左派にとって、トランプ再選は大いなる希望です。両者は嫌い合っていますが、米韓同盟を骨抜きにするという点では親和性が高い。もし、トランプ2期目が実現すれば、韓国では左派の勢いが強まり、尹錫悦政権の親米路線も揺さぶられるでしょう。

まやかしの価値観外交

 ウクライナ、中東、台湾に米国の大統領選挙。世界の変化が朝鮮半島の激変を呼びます。というのに「韓国はこちら側に戻った。尹錫悦政権を支えるために日本はもっと譲歩しよう」と主張する親韓派がいます。対韓外交を「日韓」だけで考えるので、そうした愚に陥るのです。

 そもそも、西側に戻ったと自称する尹錫悦政権は対北朝鮮政策を除けば、文在寅外交を踏襲する部分が多い。韓国はいまだに中国と同様、「フクシマ」を理由に日本の水産物の輸入を制限しています。

 国連総会第3委員会(人権)は10月18日、中国・新彊ウイグルでの人権侵害を非難する決議を採択しました。G7を含む西側の51カ国が賛成しましたが、韓国は文在寅政権時と同様、加わりませんでした。

 朝鮮日報は「[単独]韓国、中国新疆の人権侵害糾弾声明にまた不参加」(10月19日、韓国語版)で「自由・民主主義・人権の価値外交を掲げる尹錫悦政権は批判から逃れられない」と慨嘆しました。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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