47歳夫がパパ友に抱いた“友だち以上の感情”が招いた大暴走「こんな混沌とした人生を送ることになるなんて」
人生を変えるチャンス
自分自身のアイデンティティに関わる気がして、彼は叔父に相談に行った。
「叔父は黙って聞いてくれました。そして『僕が同性を好きだとはっきりわかったのは中学生のときだったからなあ。シゲの今の気持ちはわからないけど、そりゃ混乱するよね』と共感してくれた。人間なんて、自分のことさえわからないもの。何があっても不思議じゃないよと言われて、僕もそうだなあと思いました。たとえ俊隆さんのことが好きでも、それはそれで自分の心に秘めておけばいい。そんなふうに思うことができた」
そんなやりとりがあってから1年後、叔父は突然、脳梗塞で倒れた。そのときは1ヶ月ほどで仕事に復帰できたのだが、滋明さんは叔父に呼ばれた。
「もしオレに何かあったら、会社を畳むなり継続するなり、きみにすべてを託したいと言われました。ただ、従業員には手厚くお礼をしてほしいって。そのとき僕は、人生を変えるチャンスなのかもしれないと思ったんです。好きな仕事に就いてがんばってきたけど、だんだん現場に出ることが少なくなり、いわゆる中間管理職みたいな立場になってきたので、なんとなく自分の居場所がなくなっていった。同時に俊隆さんのこともあって、自分自身の価値観がぐらぐらしていたんです。こんなときには人生をがらりと変えてもいいんじゃないかと思いました」
叔父に「会社、継いでみようかな」と言ってみた。叔父の顔がパッと明るくなったという。家計は別財布にしていたので、彼は妻に何も言わずに退職し、叔父の会社に転職した。それから1年間、彼は叔父とともに仕事をしながら、会社経営と仕事を覚えていった。
「だいたいのことはわかったみたいだねと叔父が言ってくれたのが、僕が39歳のとき。そしてそれからすぐ叔父は二度目の脳梗塞を起こして還らぬ人となりました。寂しかったですね」
「恋しちゃったのよ、ごめんね」
彼は正式に叔父の会社の後継者となった。そして初めて、仕事を変わったと妻に伝えた。妻は彼とじっと見つめ、「私たち、もうダメなのかな」とつぶやいた。きみ次第だけどと彼は言った。
「妻が何と言うかと思ったら、『バレてた?』って。『恋しちゃったのよ、ごめんね』とも。でももう終わった、年下男には疲れた、恋より家庭がいいわって。ずいぶん身勝手なんだねと思わず皮肉を言いましたよ。そうしたら『でも家庭と恋は違うでしょ』と。それもそうだなと思いましたが、ここは怒ったふりをして妻に負い目を感じさせたかった。僕が怒ることで、妻はきっと『夫に愛されているから嫉妬される』と思うだろうと予測したんです。それで妻の自尊心が満たされるなら、それもいいかなと。叔父が亡くなってから、僕はなんとなく、妻が浮気していても本人が楽しいならそれでいいんじゃないかと思うようになっていました。人はどうせみんな死んでいく。だったら楽しめばいいんだ、と。家族として妻に愛情を感じていないわけではない。あのころはちょっと悟りを開いたような気分になっていました。自分の中のさまざまな欲求を消したかったのかもしれません」
妻は「私はやっぱりあなたが好き」とぽつりと言った。さんざん勝手なことをしてきたくせにと思ったが、妻が見栄を捨てて本音を言ってくれたのはうれしくもあった。
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