〈ドラマ相棒〉3代目相棒・成宮寛貴が思わず涙ぐんだ瞬間とは 水谷豊が語る

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 2代目相棒・神戸尊(及川光博)とは違う意味で異色のバディを組んだのは3代目の甲斐享(かいとおる・成宮寛貴)である。杉下右京(水谷豊)とは実年齢でダブルスコアの差があったが、成宮は水谷について、人生で、悩んだり、壁にぶつかったりしているときに「そこから抜け出すきっかけになるようなキーパーソン」だったと語る。

 成宮がバディを務めたシーズンは、いつにもまして話題作が多かった。その舞台裏と成宮との実際の関係について、水谷が「こんなに自分の過去を振り返ろうとしたことは一度もなかった」と話す初めての著作『水谷豊 自伝』から抜粋して紹介する。

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 シーズン11から登場する甲斐享役の成宮寛貴は、撮影が始まったとき30歳だった。

「僕は当時60歳だから、ダブルスコアの年齢差ですね。彼の場合は何人かの候補者の中から選ぶときに、右京が一度若い人と組むのも面白いだろうということになって、年の差による化学反応も期待されました。ナリ(成宮)のことは、強さと今にも壊れそうな繊細さを感じさせる、とても魅力的な若者だと思っていました。実際のナリはユーモアと柔軟性を併せ持っていて、笑いの絶えないとても楽しい現場になりました」

 成宮は『相棒』のオファーがあったときの心境を、こう振り返っている。

〈『えっ?あの「相棒」に僕が?』っていう、それに尽きますよね(中略)。引きこもって、これまでの『相棒』シリーズをずーっと見たんですよ。それで思ったのは……今やっているドラマの中で一番面白いなって(中略)。それと、やっぱり水谷豊さんですね。僕、これまでの人生で、悩んだり、壁にぶつかったりしているときに、必ずそこから抜け出すきっかけになるようなキーパーソンが現れてきたんですよ(中略)。今回の話をもらってずっと『相棒』を見ているうちに、『あ、キーパーソンはこの人だ!』って急に気づいたんですよね〉(『オフィシャルガイドブック相棒─劇場版III』ぴあ)

 甲斐享の父親は、警察庁次長の甲斐峯秋(石坂浩二)という大物である。享は父への反撥心が強く、一切のコネを使わずに警官になった。享と香港で出会い、総領事公邸で起きた事件を解決に導いた右京は、享を気に入り、峯秋に「ご子息を」と頼んで特命係に連れてきた。

「右京にしては珍しいことだけど、やはり誰か相棒が必要だったんですね」

 成宮もまた、かなりのプレッシャーを感じながらスタートしたのだという。

「光ちゃんもそうですが、自分が出演して悪い数字(視聴率)が出たら、と緊張するんですね。いい結果が出たときに、ナリが涙ぐんでいた姿を目の当たりにしています。初期の頃は張り詰めた感じで撮影に臨んでいたけど、大事なのは緊張と弛緩なんですよ。シリアスな場面の撮影の前には、むしろ、ふっと気を抜いた方がいいんです」

 享には年上でキャビンアテンダントの恋人・笛吹(うすい)悦子(真飛聖〈まとぶせい〉)がいる。真飛は元宝塚トップスターで、2009年の『相棒』宝塚版では杉下右京を演じていた。

「真飛さんは笛吹悦子そのままというか、とても明るい方です。きちんとしていらっしゃるのは、宝塚で色々なことを身につけて、鍛えられてきたからでしょう。先輩後輩の関係もかなり厳しいと聞いています。それで思い出したんですが、昔、朝丘雪路さんと仕事をしているときに二人でスタジオの廊下を歩いていたら、前方にある女優さんがいらしたんです。そしたら、朝丘さんが『あっ、先輩だ!』と言って、僕の後ろに隠れたんですよ。その人はワンシーンだけのゲスト出演で、朝丘さんはスターなのに、本気で怖がっていたんです。退団しても先輩後輩の関係が続くのでしょうね」

 右京のたっての希望により、特命係に異動になった享は、窓際の部署に追いやられたとしか思えず、「キャバクラかよ。指名なんかすると金とるぞ」と悪態をつく。右京が享をカイト君と愛称で呼ぶようになっても、「あんな奴と何年も続いた人が二人もいたなんて信じられねえよ」と愚痴をこぼす始末である。だが、右京と捜査を続けるうちに、警察官のあるべき姿を教えられ、気持ちが変化してゆく。

打ち解けた右京と享 アドリブの掛け合いも

 第7話の「幽霊屋敷」では、打ち解けた右京と享の掛け合いを見ることができる。

 その朝、右京は内村刑事部長に呼び出され「おまえしかいないんだ」と言われた。珍しく頼りにされていると思ったが「手のあいている者がな」という理由だった。

 幽霊屋敷と噂される空き家にやってきた右京と享は、庭の一角に土が掘り返された新しい痕跡を見つける。右京はその痕跡を両手を使って掘り始めた。

「杉下さん、なんか怖い、怖い、怖い」と享が後ずさったのは、右京が四つん這いになり、犬が穴を掘るのと同じ姿で土をかき出していたからである。

「スタッフもみんな笑っていました。犬かきは僕の思いつきで、昔、犬を飼っていたからできたんです。ナリが『怖い、怖い』と言ったのもアドリブです。台本には穴を掘るとしか書いてありません。時々、ああいうことをやりたくなるんですね」

 それから2年後の14年4月26日、水谷は、テレビ朝日開局55周年記念『相棒─劇場版III 巨大密室!特命係絶海の孤島へ』の公開日を迎えた。

 50日間に及ぶロケが敢行された沖縄は、梅雨に入っていたため、時折スコールのような激しい雨に見舞われたという。右京はジャングルの中をスーツ姿で走り、迷彩服の特殊部隊員と格闘を繰り広げる。どんな状況にいようとスーツの胸にポケットチーフを欠かさない。

「この作品でも、右京は持参したカップで優雅に紅茶を飲んでいましたね(笑)。沖縄には1カ月くらい行ってました。大変な撮影だったという記憶はあるんだけど、やってるときは大変さに気がつかないんですよ。目の前にあることに向かっていくだけで。後日に映像を見て、よくあんなことがやれたな、と思う。その繰り返しです」

 劇場版の撮影のあとは、ゆっくり休みを取る間もなく、シーズン12の撮影に入った。

 第12話の「崖っぷちの女」では享が右京を信頼して行動する姿が描かれる。警察に殺人の嫌疑をかけられ、自殺を図ろうとする音楽学校講師(小島聖)に向かって、「俺の知り合いに、どんな事件も解決しちゃう凄い人がいるんです」と説得するのだ。

「カイト君の気持ちが緩やかに自然に変わってきたんでしょうね。このあとの回で二人が衝突する場面があるので、ずっと仲良くとまではいきませんが」

 続くシーズン13では、右京と享が捜査中に身柄を拘束され、留置場に入れられる第5話「最期の告白」、被疑者に自殺され、享が警察を辞める覚悟をする第7話「死命」、鑑識の米沢守が連続殺人犯の疑いをかけられる第11話「米沢守、最後の挨拶」、右京が大学時代の恩師・鮎川珠光(清水紘治)に監禁され、刑法が専門の鮎川から「人はなぜ人を殺してはいけないのか」という問いへの回答を求められる第15話「鮎川教授最後の授業」、右京と国会議員の片山雛子(木村佳乃)との対決を描いた第18話「苦い水」などの話題作が並ぶ。

「シーズン13からテレビ朝日のプロデューサーは桑田潔と佐藤凉一が引き継いでいます。東映はシーズン6からの西平敦郎、土田真通。良い意味でとても個性的なプロデューサーチームになりましたが、人気番組を継ぐのですから相当なプレッシャーがあったと思います。実はこの頃、僕は『相棒』の幕引きを考えていました。番組が始まって15年が経っていましたし、ナリの後が最後の相棒になるだろうと想像していました。そんな僕の思いとは別に、テレビ朝日がいわば、ドラマ部門のエースプロデューサーである桑田、佐藤の二人を出してきたのは、この先もまだ『相棒』を続けたいとの強いメッセージだと思いました。後に知ったのですが、この二人を差配したのが現テレビ朝日会長の早河洋さんでした」

賛否両論の意見が飛び交った「最終話のダークナイト」

 シーズン13もまた視聴率は安定していたものの、成宮も3年で卒業が決まった。

 最終話の「ダークナイト」は、ファンにとっては衝撃的な終わり方であり、賛否両論の意見が飛び交った。脚本は『相棒』のメインライター・輿水泰弘である。

 都内で警察の手が及ばない悪人たちに制裁を加える連続暴行事件が発生していた。犯人は世間の注目を集め、「ダークナイト」と呼ばれるようになる。はたして「ダークナイト」の正体は?というストーリー展開にはならない。ファーストシーンで、甲斐享が犯人であることが明らかになっているからだ。

 享が逮捕されたあと、父親の甲斐峯秋は右京に尋ねる。

 甲斐 「後悔しているかね? 息子を君のそばに置いたことを」

 右京 「大いに後悔していますねぇ。いえ、手元に置いたことではありません。僕のそばにいながら、むざむざ渡ってはいけない橋を渡らせてしまったことをです」

 右京は享の上司であった責任を問われ、無期限の停職処分を受けた。

「あれも顰蹙を買った作品ですね。右京としては、カイト君の思いは正しい、だけどやりかたが間違っているということです。要は彼の正義感を責めることはできないけど、警察官としては間違った。でも、人ってああなってもおかしくはないんですよ。僕は、人は極限まで行くことがあるという話をもの凄く納得して演じていたんです。日本の社会は、基本的に人が堕ちていく、なにか制裁を受けるようなところにはスポットライトをあてるけど、間違いを犯したあとにどうなったか、這い上がっていくこともあるわけで、そちらには関心が薄い。人として成長して、再生しても注目してくれないんですね」

 右京はカイトと別れるとき、しかるべき時が来ればまた会えると話し、「待っています」と告げる。そして、「二人はまだ途中じゃないですか」と含みを残す。

 再会を予感させるようなラストシーンだが、やはり、3年が既定の時間だったのだろうか。

「ナリの場合は、若い分、あまり長くこっちに縛っておくのもどうかという判断です。俳優として他にやりたい仕事も当然あるだろうし、そういう意味での3年だったんですね。それに常に先へ向かう『相棒』としては、これくらいのスピード感は必要かと」

 ただし、マスコミの捉え方は辛辣だった。またしても不仲説が流れたのだ。不仲の原因は水谷の横暴にある、とまで書かれた。

「『相棒』の天皇、絶対君主、暴君とまで言われてね。僕をそんなに立派にしないでください、っていつも思いますよ。僕の一存で番組を左右するようなことが決まるわけがない。でも、現場のスタッフたちが分かってくれているから、それでいいんです」

 新たな活躍を期待しての卒業だったのだが、翌年、成宮は芸能界からの引退を発表した。

「残念でした。僕にはちゃんと連絡がありましたけどね。こういうことになってしまいました、ありがとうございました、という挨拶が。彼が自分で選んだ道ですからね。俳優でなくてもいいんですよ。いい世界を持ってほしいと思いますね。右京と同じように、僕も彼にはまた会える日が来ると思い続けています」

※水谷豊・松田美智子共著『水谷豊 自伝』から一部を抜粋、再構成。

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