「無謀なトレーニングで子どもたちは壊れてしまう」 140年間続く「小学生に英語を教えるべきか」論争に専門家が提言

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大人の英語力

 国際的なビジネスの場で活躍し、各国のライバルと渡り合って成果を勝ち取る。政府・文科省が育成を推し進める「グローバル人材」を突き詰めると、こういうことになるでしょう。分かりやすい例で言えば、日産の会長だったカルロス・ゴーンのような人です。彼は英語を使ってお金を稼げるだけ稼ぎ、ヤバいと思ったら国境を越えて、まさに“グローバル”に高飛びしてしまいました。そのような人を育てることを、公教育が目標として掲げて本当にいいのでしょうか。

 ましてや、これからはAI(人工知能)の時代です。言葉を別の言語へと機械的に変換するだけならば、人間がやらずともAIで済ませられます。それどころか、「直訳」であれば、人間よりAIのほうが優れているという時代が来ています。そうした時代に求められるのは、前回で紹介した、「魔女の宅急便」の「魔女」を直訳の「witch」ではなく、「princess」と訳せる「大人の英語力」です。すなわち、言語の背景にある異文化を理解した上で、AIの誤りを見抜けるリテラシーの涵養こそが、これからの英語教育には求められるのです。

 大人の英語力、それはとりも直さず、キリスト教文化圏では「魔女」を安易に「witch」と訳してはいけないというような幅広い教養と深い思考力に基づいた語学力に他なりません。

 それでは、そんな大人の英語力を身に付けるためには何をすればいいのか。

 英語教育を専門とする私が言うのは妙だと思われるかもしれませんが、40年の英語教師経験から、私はこう主張したいと思います。

 深い思考力と鋭い感性は、母語で磨かれます。ですから、小学生にはまず母語すなわち国語の力を付けさせるべきです。それこそが、やがて外国語の力を伸ばす基盤となるのです。

江利川春雄(えりかわはるお)
和歌山大学名誉教授。1956年生まれ。大阪市立大学経済学部卒業、神戸大学大学院教育学研究科修士課程修了。広島大学で博士(教育学)取得。専攻は英語教育学・英語教育史。『英語と日本人』『英語教育論争史』『受験英語と日本人』等、著書多数。

週刊新潮 2023年10月19日号掲載

特別読物「『分からない』『嫌い』が増えて…140年を経た最終結論 『小学生』に『英語教育』は要らない!」より

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