「無謀なトレーニングで子どもたちは壊れてしまう」 140年間続く「小学生に英語を教えるべきか」論争に専門家が提言
140年にわたる論争
先に記した三つの論拠は、要は〈英語は文法などの習得が難しいので中学校程度の発達段階からで十分〉〈英語を教えられる小学校教員の確保は至難の業である〉〈英語の発音は難しいので小学生には困難だ〉となります。言葉遣いが違うだけで、当時もいまも反対論の論拠はほとんど同じです。あえて簡単にまとめると、〈英語は学ぶのも教えるのも難しいから、発達が未熟な小学生に教えても意味がない〉ということになるでしょう。
これに対して、早期英語教育賛成論としては、例えば後に「ナチュラル・メソッド」として広まる〈英語は幼いうちから母語のように自然に身に付けさせるべきだ〉という意見がありました。これも、現在の賛成論の根拠と全く同じです。
つまり明治以来、140年にもわたって、日本では早期英語教育の是非を巡る論争が延々と繰り広げられてきたわけです。
ここでみなさんに質問です。そうした歴史を経て、私たち日本人は英語を話せるようになったでしょうか。「使える英語」を身に付けられたでしょうか。
英語と日本語は対照的な言語
答えは、はっきりしていると思います。「否」です。多くの人が、あれだけ英語を勉強させられたのに、ちっとも使えるようにならなかったという挫折感を抱えているのではないでしょうか。この結果から導き出せる結論は次の二つです。
日本人が「使える英語」を習得するにはそもそも生半可なやり方では無理である。もしくは、日本人は英語を習得する能力が劣っている。私は後者にはくみしません。
アメリカ国務省には、外交官など政府職員向けの外国語教育機関である「語学学校(SLS)」があります。同校の研究によると、外交官のようにモチベーションが高く高度な教育を受けた人であっても、優秀な教員が1クラス4人程度を教える超少人数教室で一日中、語学の勉強に励んだところで、「超困難な言語」に区分される日本語(他には中国語、韓国語、アラビア語)で「仕事に使えるコミュニケーション力」を習得するには2200時間の集中訓練が必要だとされています。その上、半年程度の留学が推奨されている。英語話者にとって日本語の習得がいかに難しいかを物語っています。
これを反対側から見れば、日本語を母語とする日本人が「使える英語」を習得する困難が分かろうというものです。文法や発音を含め、言語の特性が異なる日本語と英語が対照的な「鏡像言語」と言われるのも、むべなるかなでしょう。
[2/4ページ]