東京と高知の2拠点生活を送る歌人・岡本真帆が東京に来たら絶対に映画館に行く理由 「高知では往復5時間と9千円がかかる」
レイトショーで「怪物」を観た日の帰り道
GW明けから高知に帰るまでの2カ月間、これまで通えなかった反動のように、とにかく映画館に行きまくった。「THE FIRST SLAM DUNK」、「怪物」、「君たちはどう生きるか」、「ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE」。1週間で5本観たり、同じ作品を3回観賞したりした。10分、15分電車に乗れば映画館に行ける。都会で暮らしていたら当たり前のことが、自分にとってはこの上ない喜びだ。
私は映画を観ながら、作品に対する自分の反応も観察している。作品が投げた小石は、私の心にどんな波紋をつくるのか。どうしてあの石は響かなくて、この石は大きな波を生み出したのか。そうやって作品を振り返りながら分析することも楽しい。映画そのものと同じくらい夢中になってしまう。
SNSでは作品の批評が観賞する前に流れてくることがある。私は誰かの感想が目に入りそうになったら、薄目になり、すーっと指でスクロールさせ、見なかったことにしている。
誰かにとっては最低の映画でも、私にとっては最高の映画かもしれない。みんなから大絶賛されている映画の良さが、私は理解できないかもしれない。それでいいし、それが大事なんじゃないか。自分が感じたことに正解も不正解もない。誰かの大きな声にかき消される前に、自分の声をしっかり聞きたい。
レイトショーで「怪物」を観た日の帰り道。湧き上がるたくさんの感情や言葉と向き合いながら、映画を好きになった頃のことを思い出した。私にとっての「東京」は、この帰り道だ。映画のこと、映画を観ていて浮かび上がってきた自分のことをじっくり考える。灯火を胸に宿したまま、帰路をたどる。夜になっても明るい道。映画の世界に浸っていた身体感覚が、少しずつ現実世界になじんでいく。
エンドロールが終わってもまだ、心の中の水面はひらめいている。
五線譜をはみ出てしまう音ふたつ
呼んだらいいよ 怪物だって
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