水道水が違うと髪の毛、肌に変化が… 「絶対に終電を逃さない女」が塩素除去シャワーヘッドを買って気付いた「人の心の乾き」
たまたま乾きを知らない恵まれた環境で
乾きを知らなければ、潤いを求めることもない。それは心も同じなのだと思う。
加湿器を買ったのは6年前だった。部屋の湿度を60%前後に保つことで冬でも肌が乾燥しにくくなり、保湿クリームを全身に塗り込んでいたかつての自分が馬鹿馬鹿しくなった。幼少期から十分に愛されて認められて生きてきた人が、他者からの愛情や承認を過剰に求めることはないのと、似ていると思った。
それ以来、乾燥させないことの重要性を痛感するたびに、心の渇きを連想してしまう。それまで1、2週間程度の滞在であれば水道水の違いなど気にならなかったのが、数カ月にわたって浴び続けることで初めて気が付いたように、心もじわじわと蝕まれることで自覚が遅れてしまうのはよくあることだ。肌の乾燥など無縁だった10代の頃は、自分が潤っているかどうかなんて考えもしなかったし、それが幸せなことだとは知らなかった。だからSNSで誰かを「承認欲求が強い」と嘲笑している人を見ると、あなたはたまたま乾きを知らない恵まれた環境で育っただけなんじゃないですか?と問い質したくなる。空気が乾燥しているとウイルスに感染しやすくなるように、渇いた心につけ込む悪い人も少なくない。
これはあくまで実感に過ぎないが、塩素の少ない水道水では効果を発揮するシャンプーやスキンケア用品、入浴剤などが、塩素の多い水道水ではほとんど効果が感じられない。焼け石に水とはこのことである。まるで恋人に十分な愛を注がれているのにもかかわらず、愛情に飢えた子供時代を過ごしたせいで満たされることなく渇き続けている人みたいで、悲しくなってしまう。
乾燥させないすべを身に付けた私もまた、恵まれているのかもしれない。不公平で理不尽なこの世を憂いながら、私はなるべく乾かさないように生きていくのだろう、体も、心も。
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