【追悼・谷村新司さん】大好物は老舗喫茶店「さぼうる」のナポリタン900円 “庶民”の目線で名曲を作り続けたシンガー・ソングライターの「いい日旅立ち」

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良いメロディ

「谷村新司氏といえば、アリスやご自身のヒット曲よりも先に『いい日旅立ち』が思い出されます。パッと聴き、シンプルな作風で、実際、奇をてらったメロディやコード進行があるわけではありません。ただ、Aメロ(「雪解け間近の」~の部分)の小洒落たベース・ライン(「過ぎ去りし日々の夢を」の部分が秀逸)や、再度登場するAメロの部分(「いい日旅立ち 夕焼けを探しに」~の部分)のコード進行が1回目とは全く違うモノになっていたり、実はそれなりに凝った作りになっているのです。特に『あゝ日本のどこかに』の『に』のロング・トーンの裏で動くコードは、聴くたびにゾクッとさせられるほど優れています。一瞬、この曲のキーにはないコードが出て来るのですが、それは切なさとか悲しさとか煮え切らなさとか、そういうものを非常に上手く表現している部分だと感じます」

 こう指摘するのは、大阪音楽大学講師で作曲家の綿貫正顕氏。谷村さんの楽曲について綿貫氏はこう続ける。

「一概には言えない部分はありますが、コード進行等が凝っていないシンプルな作風だからこそ、良いメロディが必要で、それがないと勝負することが出来ません。そういうシンプルな作風で作られた良いメロディが多くの人の心を掴んだのではないでしょうか」

ありありと浮かぶ情景

 一方、サイト「あなたの知らない昭和ポップスの世界」を運営している「サニー」さんは、谷村さんの歌詞の能力の高さについてこう語る。

「中でも素晴らしいのはカメラワークに優れた描写です。具体的なことや目の前のことからはじまり、どんどんカメラが引いていくように視野が広がっていき、最も盛り上がるところで大義を訴えるというものがあります。『いい日旅立ち』は谷村さんの歌詞が最も光る作品。『雪解け間近の 北の空に向かい』という具体的な情景から始まり、サビでは『あゝ 日本のどこかに 私を待ってる人がいる』という壮大でロマンある広がりを見せた上で、メロディの落ち着きとともに『母の背中で聞いた歌を道連れに…』と実に具体的で個人的な描写に集約されるんです。メロディの広がりとともに歌詞の視野も気持ちも広がり、メロディが落ち着くとともに、歌詞も具体的で私的になっていくというように、音と言葉が一致しているんですね」

 そして、こう続ける。

「現代の音楽はサウンド優勢で、歌詞は意味より『語感』のほうに比重が高くなっているのですが、谷村さんの作るそれは音と言葉が寄り添い合っていて、お互いのためにお互いが存在している。まさに『歌』なんです。その情景描写の中に、時折歌の主人公の心情が垣間見える。だからただ視点が近づいたり遠ざかったりするのではなく、主人公の気持ちがはじめにあって、その心の動きとともに世界も広く見えたり孤独に見えたり変化する、という作りになっているんです。だから、聴いている側はありありと情景が思い浮かぶし、感情移入できるんですよね」

 庶民だから庶民の気持ちが理解できるのかもしれない。高邁ではない楽曲はそんなところから生まれてきた。きっと谷村さんの心には、トークや音楽を通じて多くの人に喜んでほしいという願いが通奏低音のように流れていたのだろう。庶民の谷村さんは、草葉の陰から庶民を見守ってくれているはずだ。合掌。

ノンフィクションライター 青柳雄介

デイリー新潮編集部

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