【竜王戦】藤井聡太が挑戦者・伊藤匠に2勝 八冠獲得後の初戦でも見せた「強い自制心」
秒読みに追われた伊藤
終盤になっても双方とも1時間40分ほどの持ち時間を余していた。ところが、伊藤は終盤の92手目で、なんと85分もの大長考に沈んだのである。そして「7九飛」を指した。十分にあったはずの持ち時間が、土壇場になって残り2分になった。
藤井優勢で進む中、95手目は「2七」に桂馬を打った。伊藤玉とは遠い位置で素人目には「ちょっと緩いのでは」という印象だったが、鈴木九段とともに解説していた郷田真隆九段(52)は「迫力のある手です。普通は『1二』に歩を叩いて攻めていくものなのですが……」と驚いていた。この桂馬が最後には伊藤玉の遁走を許さない働きも示すのだ。
終盤、苦しい中も伊藤は、100手目に「6六角打」という角を捨てる思い切った手を打った。「勝負手ですね」と郷田九段。ここで形勢が五分になりかけたが、1分将棋に追われていた104手目に、伊藤は「4六銀」を指した。指した瞬間、鈴木九段は「あれっ、歩じゃないかな?」と疑問視した。その瞬間、伊藤の勝率が数パーセントに下がった。「歩なら逆転勝ちしていたということではないかもしれないですが、面白くなったのでは」と残念がった。
先般の王座戦でタイトルを失った永瀬拓矢九段(31)ではないが、やはり秒読みに追われると、トップ棋士も失敗してしまうことがあるようだ。
最後、藤井の107手目「3一銀」を見た伊藤は、さっと手を番にかざして投了した。実は、伊藤玉が仕留められるまでには、ここからかなりの手数がかかるのだが、プロならすぐに見抜ける「即詰み」だったようだ。早い段階で詰み筋を解説していた鈴木九段は、聞き役の貞升南(さだます・みなみ)女流二段に「信用してないでしょ。プロなのでわかりますよ」と言って笑わせていた。
恐るべき「自制心」
藤井はこの勝利で、初タイトルとなった2020年7月の棋聖獲得以来、八冠のタイトルを獲得した直後のタイトル戦の第1局の8戦はすべて勝利したことになる。栄誉に緩むことなど微塵もない藤井の凄みでもある。少しは浮かれないのだろうか。10代から「完璧な自制」ができることには畏怖すら感じる。
藤井は81手目、伊藤玉の腹に「4一金」とぶつけて王手した。郷田九段は「『4一金』には驚きました。それでも伊藤さんの『6六角』にも感心しました。」などと話していた。
鈴木九段が「見合いにして手を渡す。今までの将棋にはない指し方です。序盤や中盤ではあっても終盤ではやらない。こんな指し方をされたら、棋士はみんな廃業ですよ」と藤井の手に舌を巻いた場面もあった。自分が手を進める方がマイナスになるような局面になっても将棋はポーカーのような「パス」はなく、駒を動かさなくてはならない。少し意味のない手を指して「手を渡す」ということはある。鈴木氏の言う「見合い」というのは、双方が手を進めにくい局面のことだろう。終盤にそんな局面に誘導して入玉もちらつかせながら「手を渡す」一手を指せる藤井の大局観に驚いていたようだ。
また、藤井の81手目の王手「4一金」についても「際どくても最短手数で勝負するすごい手です。もっと緩い手でも十分な場面。私の世代ではできないですよ」と話していた。
終局の後、藤井と伊藤が大盤解説に向かうまでに時間がかかり、ABEMAの中継がなかなか切り替わらなかった。時間をつぶすために語り合っていた鈴木九段と郷田九段の様子を見ていると、プロの棋士から見て藤井の将棋内容は面白くて仕方がないという様子がありありと伝わった。対局中の食事内容やおやつまでが話題になる藤井だが、基本的にプロにとっては彼の将棋内容だけに興味津々なのだ。
[2/3ページ]