「クマ被害」激増でも駆除にクレーム殺到…秋田出身のライターが訴える「野生の熊は“プーさん”とは大違いです」
熊は怖い動物だ
筆者は小学生の頃、秋田県の山で熊と遭遇したことがある。
【衝撃】え、こんなに沢山!? 地図上に赤点で示された今年度の秋田県内のツキノワグマ出没箇所
キノコ狩りのために山道を歩いていたら、突然、木の陰から熊が現れたのだ。一瞬、何が起きたのか分からなかった。気が付いたときには山の麓にいたが、逃げている最中の記憶はない。火事場の馬鹿力で、一目散に山を駆け下りたのだろう。当時の記憶を手繰り寄せてみたが、やはり覚えていないのである。記憶を失ってしまうほど、熊との遭遇は恐ろしいものだった。
熊と遭遇した時、必死に逃げるのはNGといわれる。だが、実際に出会った時はそんなことは考える余裕などなく、筆者は運よく助かったのかもしれない。これまで山ではさんざん危険な目に遭ってきているが、本気で死ぬかもしれないと思ったのは、このときくらいだろう。取材でもさんざん怖い人に会っているが、「それでも熊よりは怖くない」と思い込むことができるほど、熊がトラウマになっている。人間と違い、熊はまったく話が通じない相手なのだから。
筆者の出身地である秋田県では、とにかく熊が出る。北海道はヒグマが有名だが、秋田県といえばツキノワグマだ。熊は時には人を襲い、犠牲者が出ることもある。都会で暮らす人たちは田舎暮らしに牧歌的なイメージを抱くが、実際は自然との闘いであることの方が多い。秋田県のご当地ヒーロー「超神ネイガー」ですら、今年の熊の問題には半ばお手上げ状態である。県民も動物と共存の道を探っているが試行錯誤であり、困難な道のりといえる。
熊のイメージに対する乖離
今年になって、県内では熊が多数出没し、住民が襲われる被害が相次ぎ、社会問題化している。筆者の妻の姉は秋田県の美郷町で仕事をしているが、先日、職場の裏手にある林に熊が出て、ようやく捕獲されたという。菅義偉元総理の出身地である湯沢市では、熊に襲われた89歳の男性が重傷を負った。10月15日付の「秋田魁新報」によると、今年の県内の熊による人身被害は過去最多であり、36件40人にも及ぶと報じられた(10月14日現在)。
10月5日には、美郷町で作業小屋に籠もっていた3頭の熊が捕獲、駆除された。現場が認定こども園も近いことからやむを得ない判断だと思われるが、ニュースが報じられると役場や県庁に抗議の電話が数百件寄せられ、業務に支障が出ているという。なお、大半が県外からの電話だそうだ。こうした抗議に対し、秋田県議会議員の宇佐見康人氏などはXを頻繁に更新、県民を守るために理解して欲しいと発信しているが、一部の動物愛護論者と言い合いになっている状況だ。
頑なに「熊を殺すな」と訴える人とは、そもそも話が通じない(この点は野生の熊と同じだ)ことが多い。なぜだろうか。Xを見てみると、熊を愛玩動物のようなかわいいものだと思っていたり、なんと「くまのプーさん」みたいな動物だと思っていたりする人までいるようだ。アニメと現実の区別がつかない人が多いのかもしれない。さらに、熊を動物園でしか見たことがないという人も少なくなさそうである。
熊と遭遇した経験があり、毎年のように防災無線で「熊に注意」と呼びかけが行われる農村で生まれた筆者からすれば、野生の熊に対してプーさんのようなイメージはまったく無い。漫画でたとえるなら、『銀牙-流れ星銀-』に登場する凶暴な赤カブトのイメージであり、多くの秋田県民はそのイメージを共有していると思う。山間部で暮らす人なら、学校の登下校時に、熊に気をつけるよう指導された経験があるのではないだろうか。
ここに書くまでもないことだが、役所の関係者も、そして猟友会のハンターも、熊を駆除するかどうか苦悩している。駆除したら間違いなくクレームが来るだろうし、動物愛護の観点からもできればやりたくない仕事だ。しかし、やむを得ない思いで行動していることは理解して欲しいものである。だが、こう書いても「熊を殺すな」という人は考えが変わることはないのだろう。人間対熊よりも、人間対人間の問題の方が、解決が難しいかもしれない。
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