芥川賞で注目の「読書バリアフリー」が障害のない人にも役に立つかもしれないワケ

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 第169回芥川賞を受賞した市川沙央さんの『ハンチバック』(文藝春秋社)は、先天性ミオパチーという難病を患い、読書をすることにも大きな困難がある女性が主人公の物語だ。芥川賞の贈呈式のスピーチで、市川さんが訴えたのは、読書のバリアフリーの必要性だった。専修大学文学部の野口武悟教授(図書館情報学)に現状を訊いた。

本を読めなくても仕方が無いのか

 芥川賞の贈呈式で、市川さんは「さて、読書バリアフリーを訴えております。そろそろできますか? 今日は出版界の皆様、勢ぞろいということで、改めて環境整備をお願いしたいと思います」と、出版関係者に向けて電子書籍をはじめとする読書のバリアフリーの必要性を訴えた。

 小説でも、電子書籍化が進まない日本社会に対して「出版界は健常者優位主義(マチズモ)ですよ」と主人公が批判する場面が登場する。

 読書のバリアフリーに詳しい野口教授は、「読書のバリアフリーがここまで大きな関心を集めたことはこれまでありませんでした。『ハンチバック』には、当事者としての怒りが表現されていて、そういうテーマで芥川賞を受賞されたということが社会全体に与える影響が大きいと感じます。」と話す。

 市川さんは「なぜ重度障害者の芥川賞受賞が初なのか考えてほしい」と問題提起もしている。

「障害の重い人は読書が出来ないし、ましてや小説を書けないんじゃないかと思いこみがちです。『障害があるから本を読めなくても仕方がないだろう』という、我々にある誤った意識に気づかせてくれる作品だと思います。読書にはこういうバリアがあるのかと、読書好きの人が気づくことが、それを取り除く原動力になります。アクセシブルな文芸作品の必要性は、もちろんこれまでも一部の出版関係者からは指摘されてきましたが、それを広く知ってもらう機会になったのではないでしょうか。」(以下、野口教授)

バリアフリーとしては不十分だった電子書籍

 読書のバリアフリーとは、具体的にどういうものなのか。

「読書のバリアフリーを実現するバリアフリー資料には、大活字本、電子書籍、点字図書、オーディオブック、布の絵本など、それぞれの障害や読みづらさに対応したものが様々あります。例えば、視力が弱く、字が読みづらい人には、文字が拡大できる電子書籍や大活字本、拡大読書器、ルーペなどが助けになります。他にも音声で読み上げるオーディオブックであれば、文字を目で読まなくても“読書”をすることができます」

『ハンチバック』で主人公が必要性を訴えた電子書籍も、読書のバリアフリーには重要な役目を果たす。

「スマホやタブレットが普及した2010年が電子書籍元年と言われています。実はその頃の電子書籍は、低コストで紙の本をそのまま電子化したPDFなどの固定レイアウト型(フィックス型)がほとんどでした。それだと文字の拡大は何とかできても、読み上げ機能を使うのは難しく、バリアフリーの面では不十分でした。当時は、障害を持った人のアクセシビリティへの配慮という意識はまだ弱く、あくまで紙の本をデジタル機器で読めるようにしたものが主流だったのです」

 特に図や表が含まれる学術書では、レイアウトを崩せないためにPDF化したものが多かった。

「コストや採算の問題で、出版社はすぐに対応はできなかったのだと思います。最近はかなり状況が良くなってきました。EPUB(イーパブ)という国際電子出版フォーラムが策定した電子書籍のファイルフォーマット規格があり、それに則ったものであれば、読み上げ機能などにも対応可能なのです。当事者団体の働きかけや出版関係者の中での意識の変革などがあり、徐々にバリアフリー化が進む中、市川さんの訴えが大きな後押しになるのではないでしょうか」

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