ストーンヘンジ周辺の開発計画に反対するのは矛盾? 「古代遺跡も土木事業で造られた」(古市憲寿)

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 イギリスのストーンヘンジへ行ってきた。巨石が円状に並ぶ古代遺跡である。夏至や冬至に太陽を観察しやすいように石が配置されていて、古代の天文台だったのではないかという説もあるが、建造の本当の目的は明らかになっていない。その神秘性に引かれるように、世界中から多くの観光客が集まる。

 ロンドンからツアーバスが出ているし、自力でも行ける。鉄道で最寄りのソールズベリー駅まで約1時間半、そこからストーンヘンジ入場がセットになった専用バスで現地へ向かう。

 初めて訪れた感想は「車道が近い」。すぐそばに幹線道路が走っていて、ばんばんバスやトラックが行き交う。古代文明に思いをはせるには余程の集中力を要する。写真を撮る時も角度に気を付けないと、すぐに自動車が写り込んでしまう。

 しかも交通量の少ない田舎道などではない。A303号線というイングランド南西部における主要道路の一つなのだ。A303号線は、イギリス最古の道ともいわれる「ハロー・ウェイ」を発展させたもの。古代の人々もストーンヘンジ詣でをしていたのかもしれない。

 目下最大の問題は、ストーンヘンジ周辺で渋滞が慢性化していること。特に観光客の増える夏至の時期は大変だという。1985年には旅行者(主にヒッピー)と警察隊が衝突する大暴動も起きた。題して「ビーンフィールドの戦い」。実に537人が逮捕されたという。

 行政も腕をこまねいていたわけではない。長年にわたる議論の末、地下に長さ3kmのトンネルを通す案が承認された。だが一部の考古学者や環境保護活動家は大反対。工事に伴う開発で、新たな遺跡も発見された。2021年に裁判所が反対派の主張を認め、工事は棚上げ状態になっている。

「ナショナル ジオグラフィック」(2022年8月号)が面白い指摘をしていた。ストーンヘンジを造った人々は、トンネル計画に大賛成するのではないか、なぜなら彼らもまた環境を破壊して、大型土木事業をしたのだから、と。

 変なロマンを抱く人もいるが、ストーンヘンジは大人数の参加する土木工事によって完成した建造物である。「どうして何千年前の人が、こんなふうに巨石を並べられたのだろう」という疑問は、古代人を侮辱している。同じホモ・サピエンスなのだから、環境さえ整えば土木工事くらいできる。

 ストーンヘンジが建設されたのと同時期に、エジプトではクフ王の大ピラミッドが建造された。その頃には世界各地で人類は定住を始めていて、大量の労働力を投入した建造物を造るようになっていた。

 A303号線の開発計画はどう決着するのだろうか。考えてみれば、ストーンヘンジを建造する時にも、論争があったのかもしれない。わざわざ巨石を切り出し、運搬し、ストーンヘンジなど造る必要があるのか。もっと役立つものはないのか。新規事業の立ち上げが反対されるのは、きっといつの時代も同じなのだろう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年10月19日号掲載

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