本当は怖い「サウナで整う」の正体 特に注意が必要な人は? 医師が語る実体験「数秒間、脈が止まって“ヤバい”と」
サウナは本当に「お得」?
つまり「整う」の快感の必要条件は肉体への負担なのだ。もちろん痛みやストレスを緩和する脳内麻薬自体に罪はない。β-エンドルフィンは長時間走り続けたときに気分が高揚する「ランナーズハイ」に関与しているとの報告がある。狩猟の時代、長距離を走って獲物を仕留めるのにこの仕組みは大きく貢献したはずだ。
脱水や出血などにより脳に送りこまれる酸素が足りなくなったときにもβ-エンドルフィンが脳内で放出される。ジャングルで肉食動物に襲われて動けなくなったとしよう。このとき、β-エンドルフィンが放出されれば、激しい痛みでのたうち回ったり、叫び声を上げたりせず、さらなる攻撃を回避でき、生存確率を上げることができるはずだ。
長距離を走るとか肉食動物に襲われるのに比べれば、サウナと水風呂による肉体への負担はたかがしれている。法に触れるような薬物は必要ない。財布にも優しい値段で利用できる。それでいて恍惚感を味わえるのだから、サウナはある意味「お得」という見方もできる。
しかし本当にお得なのか。先に触れたようにサウナと水風呂には心臓や血管に対するリスクがある。さらに、もう一つのわながある。
「整う」より「キマる」
「『整う』に恍惚感があるのだとしたら、それは習慣性を生みます。人はより大きな報酬=ご褒美を期待して行動を選択する動物だからです」
と語るのは東京慈恵会医科大学麻酔科学講座教授で、同病院医師の坪川恒久氏だ。
「脳の側坐核と呼ばれる部位からドーパミンが放出されると人は快楽を感じます。その結果、ドーパミンはさらなる報酬への期待をもたらします。このような脳の仕組みを報酬系と呼んでいます」
先に触れたβ-エンドルフィンにはドーパミンの放出を促し、その効果を持続させる働きもある。「整う」にはドーパミンによる幸福感も関与していると考えられる。ちなみに覚醒剤やコカインには脳内のドーパミンの放出を増やす作用に加えて、放出されたドーパミンが回収されるのを防ぐ(従って、その効果を持続させる)作用がある。これらの薬物に極めて強い中毒性があり、時に人格を破壊するほどの危険性があるのはよく知られている。
サウナジャンキー、サウナ中毒者を自称する人は珍しくないが、さすがに覚醒剤など薬物に匹敵する中毒性がサウナにあるとは思えない。それでも恍惚感を伴う行為に「整う」という表現はふさわしくないと筆者は考える。どちらかといえば「ぶっ飛ぶ」「キマる」など薬物摂取で得られる陶酔感を表すのに使われる俗語の方が合っているのではないだろうか。
「整う」とは第一義的には「望ましい、きちんとした状態になる」(『大辞林』)ことを意味する。調和が崩れた状態から調和の取れた状態へ戻ることだ。恍惚感に浸っているのは決して人にとって本来あるべき調和の取れた状態ではない。むしろ調和の針が基準値から振り切れた異常事態といえる。怖いのは「整う」を求める気持ち、あるいは習慣性から頭で恍惚感を覚えながら、心臓と血管が上げる悲鳴に気付けなくなることである。
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