「陸上部をやめ、復帰後にはビリ」 マラソン増田明美の知られざる学生生活とは(小林信也)

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記録はハッピーな時に

「走ることへの考え方が180度変わったのは、オレゴン大に留学して、クラブに入ってからです(86年)。行って1週間後に、ルイーズ・オリベイラ・コーチに言われました。『アケミを見ていると辛くなる。よい結果ばかりを求めている。でもよい結果は、ハッピーだと思う時に生まれるものさ』。ショックでした。私ときたら、コーチに認めてもらいたい、1秒でも速く走りたい、そればかり考えていた。競技者が土台の私と、人間が土台のチームメートとの差を感じました。それが私の覚醒の時でした。

 それからの2年間はすごく楽しかった。オフの日にはチームメートに天ぷらやおすしなどの日本食をふるまった。走ることへの向き合い方がすごく変わりました。選手である前に人であるって」

 増田は後に“細かすぎる解説”で定評を得る。それは、レースの結果だけでなく、その選手がどんな人かを紹介したい、あの時の発見と通じている。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

週刊新潮 2023年10月12日号掲載

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