【藤井聡太八冠・観戦ルポ】永瀬拓矢王座が「アマチュア有段者でも気づく勝ち手を逃した瞬間」 記者控室はどよめき、本人は「天を仰いだ」
プロ将棋では滅多に見られない最終盤の大逆転劇だった。10月11日に「ウエスティン都ホテル京都」(京都府京都市)で行われた将棋王座戦五番勝負第4局。終局の16手前、テレビやネットの中継画面では、人工知能(AI)が王座挑戦者・藤井七冠の勝率評価値を0%、永瀬拓矢王座の勝率を100%と表示していた。(ノンフィクション・ライター 石山永一郎)
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【写真】撃戦を制してほっとしたのか、笑顔で対局を振り返る藤井八冠
控室にいた誰もが永瀬の勝ちを確信していた
午前9時から始まった対局は短い昼食と夕食の休憩を挟み、既に12時間以上になっていた。
プロ棋士は深夜までに及ぶ一局の将棋を終えると体重が2、3キロ落ちると言われる。頭を使うだけでかなりの体力を消耗する格闘技でもある。二人の疲労のピークに達していた。
一手前の局面を見てタイトル戦の立ち会い人役だった淡路仁茂九段は、「永瀨勝ち」を確信し、終局を見届けようとホテル7階の対局室に向かっていた。将棋連盟の職員も終局後の写真撮影のため、約100人の報道陣に「対局室に移動する準備を始めてください」と声をかけた。みな、永瀨勝ちを確信していたのだ。
しかし、次の一手が指されると、会場のプロ棋士控え室で盤面を検討していた井上慶太九段と勝又清和七段は「えええっ」と大声を挙げた。AIの評価値が藤井勝率98%、永瀨2%に変わったのを見て、記者たちも「うわあ」と叫んだ。
天を仰ぎ、頭を激しく掻きむしった永瀬王座
永瀨は手厚い棋風で知られる。日頃、「努力は天才を超える」と言い続けているファイターだ。持ち時間を使い切った一手1分の秒読みの中で起きた痛恨のミスだった。アマチュア有段者でも気づくような確実な勝ち手を見逃し、「馬」で不用意に藤井の「玉」に王手をかけた。藤井の「玉」は「金」が守る城の中にするりと逃げ込んで安全になった。
永瀬はその直後に天を仰ぎ、頭を激しく掻きむしった。もはや再逆転の目はなく、藤井が簡単に永瀬の「玉」を詰みに追い込んだ。そして、藤井は3勝1敗で王座戦を制し、将棋界の全タイトルを独占する初の八冠王となった。
ただ、局後の記者会見で藤井が「逆の結果となっていてもおかしくなかった」と言ったように、今回の王座戦の藤井は全般的に不調だった。第3局も終盤で藤井の勝率10%、永瀬の勝率90%という評価値が出た最終盤から辛くも逆転勝利を収めている。藤井相手に全力で立ち向かい、何度も土俵際まで追い込んだ永瀬を称えるべきかもしれない。
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