【竜王戦第1局】小学3年生の藤井聡太を泣かせた伊藤匠が敗れる 3年前に語っていたライバル心とは

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凄まじい台頭ぶり

 痩身で無口で物静かな男である伊藤は、眼鏡の奥の知的な眼光が印象的だ。終始、落ち着いていたようにも見えたが、藤井のようにタイトル戦の大舞台には慣れていない。封じ手が自分の番になり、藤井がサインした封書をさっと差し出すと、しばらく戸惑った様子。そして、「あっそうか、自分が立会人に渡すんだ」と気づいたように見えた。

 また伊藤は、対局直後に対局室に入ってきた報道陣からマイクを渡されると、スイッチをしばらくあれこれと確認していた。やはり慣れていない様子が窺えた。

 感想戦で2人はよく話していたが、あまり時間をかけずに30分足らずで切り上げた。伊藤は「やはり封じ手がおかしかったですかね」と話していた。

 第1局は少し不本意とも言える内容で完敗した伊藤。それにしても、この半年の伊藤の躍進はすさまじかった。

 4月に今季が開幕した時点では、まだ五段だった。その頃、伊藤が今年の竜王戦の挑戦者になるとは多くの将棋関係者は考えていなかったようだが、あれよという間に挑戦者決定トーナメントに進出。竜王戦1組の稲葉陽八段(35)、丸山忠久九段(53)、広瀬章人八段(36)らを破ると、永瀬王座を三番勝負で破り、挑戦権を得た。

 伊藤は現在、名人戦の順位戦はC級1組、竜王戦は6組中の5組である。

 A級順位戦リーグの覇者が挑戦者になる名人戦とは違い、竜王戦は全棋士に加え女流とアマチュアから4名ずつ、奨励会員も1名が参加するトーナメント形式で、幅広くチャンスが与えられている。とはいえ、5組という下位の組に属しながら挑戦者になったのは伊藤が初めてである。

 同学年の藤井より4年遅れの2020年10月にプロ入りした伊藤は、5年前に超特急で昇段した藤井の活躍を、今、再現している印象である。

 対局前、伊藤は藤井への思いを聞かれ、「思いはいろいろありますが、話すのは苦手なので、盤上で表現できれば」と話していた。

タイトル戦史上、合計年齢は最年少

 伊藤は10月10日に21歳になったが、第1局開始時点、2人の年齢の合計は41歳。これはタイトル戦史上最も若い。これまでの合計年齢の最年少記録は1990年12月から翌年1月にかけて行われた第57期棋聖戦で、当時、18歳の棋聖・屋敷伸之九段(51)に24歳(六段)の森下卓九段(57)が挑戦した際の合計42歳だった。

 東京生まれの伊藤は5歳の頃、父親から将棋を習った。宮田利男八段(70)が主宰する世田谷区の三軒茶屋将棋倶楽部に通うとめきめきと上達した。

 愛知県にいた藤井とはほとんど接点がなかったが、2012年、小学3年生の時に小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会の準決勝で相まみえ、藤井を破った。敗れた藤井が激しく号泣し、その映像も残されている。このエピソードによって伊藤は「藤井聡太を泣かせた男」として知られるようになった。ちなみに、伊藤は決勝で敗れたが、藤井は泣きながら指した3位決定戦を制している。

 伊藤はプロ入りしてからも今回の対局まで藤井と2局しか戦っておらず(藤井の2勝)接点は少なかったが、決して「彼は特別だから」と傍観していたのではなかった。密かに藤井を強く意識していたのである。

 藤井より4年遅れの17歳でプロ入りした時、藤井は既にタイトルを二冠(王位と棋聖)を保持していた。そして伊藤は高校を退学して退路を断ち、人生を賭ける決断をした。その頃の気持ちについて伊藤は「そこからの彼の活躍は凄まじく、こちらも意識せざるを得なかった。彼はいつも勝っていて、見る度に自分が情けなく思えたが、早く上がらなければ、と刺激になった。いまは大分離されているが、いつか大きい舞台で対戦してみたいと思う」と話している(「将棋世界」2020年12月号「四段昇段の記」より)。

「同世代のライバルがいない」と言われていた藤井だが、ここへきていきなり「昔のライバル」が再登場したのだ。ちなみに、小学校3年の時の「号泣エピソード」についてはお互い「あまり覚えていない」とか。

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