「戦争が始まったら無傷では済まない」「島民の15%が自衛隊関係者」 台湾有事の最前線・与那国島ルポ
二つの軍事訓練
昨年11月には、島の中でも軍事に関連する訓練が二つ行われた。
一つは、在日米軍と自衛隊による日米共同統合演習(キーン・ソード23)である。このときは輸送機で持ち込まれた自衛隊16式機動戦闘車(MCV)などが空港から自衛隊基地までの約6キロの公道を走行した。
もう一つは弾道ミサイルを想定した住民避難訓練(主催は内閣官房)であった。
「国境」や「領土」という概念が明確になった江戸末期以降、日本は、「膨張」と「収縮」を繰り返してきた。太平洋戦争中には樺太から南洋の島々、東南アジアにまで支配地を拡大したが、敗戦後は一転、国土は北海道、本州、四国、九州とその周辺の島々に限定された。与那国は目の前に国境線を引かれることで「最果ての島」となった。
国境の島とは、歴史の流れの中で国の膨張、収縮に大きく翻弄されてきた場所と言ってよい。そこには、「国境の島」ゆえの現実がある。以下、かような現実を抱える与那国島の“今”をお届けする。
町長の切実な思い
「一昨年12月の夜、台湾軍の演習らしき砲撃音のような音が与那国各所で聞こえました。少なくとも数時間にわたってです。その音を聞いて私は“島もいずれ危険にさらされる可能性が大きい”と確信しました」
そう語るのは糸数町長である。
「台湾有事は起こってほしくない。だからこそ抑止力としての備えを万全なものにする必要があります。“大変なリスクを負うからやめた方がいい”というメッセージを習近平氏に送り、侵攻を思いとどまらせられればと思っています」
糸数氏は町議会議員、そして2021年からは町長として、島への自衛隊誘致を進めてきた人物だ。
14億人の民を従える“皇帝”により引き起こされる脅威に対処する、糸数町長の祈りにも似た思いは切実だ。
町長が続ける。
「ここから石垣島までが127キロなのに対し、台湾まではわずか111キロしかない。いわば台湾の離島みたいな位置にこの島はある。そしてその台湾を中国が狙いに来ています。いざ戦争が始まったら、無傷で済むとは考えられない。この島には避けて通れない現実的な脅威があります。だからこそ、紛争が起こらないようにするためにも自衛隊の配備はやらざるを得ないことです」
貧弱な島の防備体制
実際、町長の言う通り、脅威は迫っている。島が恐怖に陥ったのは昨年8月。ペロシ米下院議長の台湾訪問に合わせ、中国は示威行動としてミサイルを発射。そのうち5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に、1発がEEZ外だが与那国沖80キロの地点に墜ちたのだ。
問題は、こうしたミサイル攻撃について島の防備体制が貧弱なこと。
八重山防衛協会の山森陽平事務局長が説明する。
「与那国島に100~200発の弾道ミサイルを撃たれたら、石垣の駐屯地の地対空誘導弾・地対艦誘導弾(推定射程約200キロ前後)、与那国に一時的に展開しているPAC3(射程数十キロ)ではおそらく防ぎきれない」
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