フランスの国家的スキャンダルを描く問題作で主演の有名女優が感じたこと

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良い役を演じるのに躊躇する必要はない

 内部告発までして防ごうとした契約は続行したが、当初の契約内容と異なる曖昧な内容で着地したという。未解決の性暴力事件と、付け入れられるような曖昧さを持つキャラクター。国家的スキャンダルの様相もあまりに濃い内容だけに、映像作品として演じる側にはリスクがある作品だろう。

 筆者が「演じたあなたには勇気がある」と伝えると、ユペールは「むしろ勇気があるのはジャン=ポール・サロメ監督」と返した。彼女がサロメ監督のオファーを受けた理由は至ってシンプルだ。

「良い役だから。良い役を演じるのに躊躇する必要はないでしょう。この映画は実在の事件にかかわった人物が登場し、その方々は現在も社会になんらかの影響力を持っている。最後に『この物語は部分的にフィクションです』と断り書きが入るのも、事実を扱っているため。法的な問題のクリアも含め、勇気があったのはサロメ監督だと思います」

 サロメ監督とユペールは、社会派コメディ「ゴッドマザー」(2020)でも組んでいる。

「多様性、バラエティに富んだジャンルを描く彼とは、安心して仕事ができます。それに、彼は主張を描くために映画を作っているアクティビストではない。フランスのある時代の、ポリティカルでエコノミカルな状況を描こうとしているだけ。そこが興味深いんです」

性的暴行シーンのある作品に挑める背景は「監督との信頼関係」

 監督との信頼関係こそが、極めて危険な実話、かつ性的暴行シーンのある作品に、躊躇なく“良い役”として挑めた理由なのだろう。世界では現在、こうした性的暴行シーンなど俳優の精神面を傷つける可能性のある撮影には、インティマシー・コーディネーター(俳優の尊厳を守る役割)を設置する傾向がある。

「この作品にインティマシー・コーディネーターは立ち合っていません。あくまでも私個人としては必要ないので。性的暴力を受けた会社経営者を演じた『エル ELLE』でも、ポール・バーホーベン監督と私の間に信頼関係ができあがっていたので、プレッシャーや脅威を感じることはありませんでした」

 それでも……と食い下がって、受け入れがたいシーンを撮影する状況に陥ったときの個人的な解決方法をたずねた。なぜなら日本の俳優のインタビューをするたびに、メンタルへの影響の話になるからだ。

「どんなシーンを撮っても、心理的に傷ついたり、影響を受けたりすることはありません。観客は登場人物に共感しながら映画を観るので、没入すればするほどに感情が揺れてしまう。でも、俳優は役と距離感を持って演じているので、心理的な影響を受けることがないんです。すべては監督との信頼関係が築けているかどうかでしょうね。疑問点や曖昧な点があれば、話し合って、解決しておく必要があります。もちろんそのとき、我々は対等です。

 私がこれまで仕事をしてきた監督たちは、安心して対等な話し合いができる人たちだったので、いつも守られていると感じました。撮影現場で女性の視点がリスペクトされていないと感じたこともありません」

 解決のための対話は、「事前にじっくり話す」のではなく、撮影現場のなかで培われていくのだという。

「何度も仕事をする演出家よりも、初めて仕事する方のほうが圧倒的に多いわけです。でも勘がものをいうというか、撮影現場に入り、演出を受けながら、セリフを発して、映画人同士の言語で会話するうちに、信頼関係は高まっていく。信頼は対話で成立していくものだと実感します」

関口裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ライター、編集者。1990年、株式会社キネマ旬報社に入社。00年、取締役編集長に就任。07年からは、米エンタテインメント業界紙「VARIETY」の日本版編集長に就任。19年からはフリーに。主に映画関係の編集と、評論、コラム、インタビュー、記事を執筆。趣味は、落語、歌舞伎、江戸文化。

デイリー新潮編集部

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